緑眼狂騒曲 〜The Green Eyes Rhapsody〜 9

All rights reserved. 転載利用盗作等禁止。2007,5/17


 薬物依存症というのはさても恐ろしい。
 原因物質の摂取が滞ると、様々な離脱症状に悩まされることになる。
 たとえば、目眩に吐き気、悪寒、言いようのない苦痛と恐怖――そして、幻覚。
 それらいわゆる禁断症状から逃れるためにまた薬物を使い、生活の全てを破綻させて、終いには薬物を手に入れるためだけに生きる屍と化す。

 銀河連邦宇宙軍バーミリオン星カーマイン基地所属、ルシファード・ オスカーシュタイン大尉の場合、最初に感じられたそれは“渇き”だった。
 “母親”の操縦する『冥界の王妃』号でとんぼ返りを果たし、デーゲルマルク博士の許でブレイン・ギアの調整を再開して三日。何だか喉が渇くなと思い、水 分を摂取しても“何か違う”と思われるだけで癒されない。
 翌日には、僅かだが妙な焦燥感と落ち着かない気分が加わり、更に翌日、研究所を行き交う白衣の人々の中で視線を彷徨わせ、誰かを捜している自分に気付 く。
 その行為が無意識のものだったが故に、むしろ意外なほどショックを受けた。
 ダメ押しに翌日、寝起きの夢で別れ際のサラディンの姿が再生されるに及び、ルシファードは症状の否認を諦めざるを得なかった。
 病状の自覚は回復への第一歩です。
 と言ったところで、実際にどう対処して良いのか、無駄に高い知能指数を駆使しても答えは見つからない。

「ドクターにもう会わないって選択肢が最初から削除されているんじゃ話にならないよルーシー」
 一見天使のような姿の性悪堕天使は、白々しくも気の毒そうに微笑む。
「…ルーシーって呼ぶんじゃねぇ」
 最早決まり文句となっている台詞を溜息と共に吐いたルシファードは独りごちる。
「面白がるだけで何の手助けにもならないって分かってんのにニコルに相談するなんて、マジでやべーぞ俺」
「こらこら。何の助けにもならないなんて、決めつけちゃいけないよ?天の助けはどこから降ってくるか分からないものなんだから。――ん〜そうだねぇ、それ じゃ、まずはその“天の助け”をキャッチする守備範囲を、広く持ってみるのはどうだい?」
「どーゆぅ意味だよ」
 ルシファードの座る一人がけソファの肘掛けへ腰を下ろしたニコラルーンは、黒髪の乱れかかる額を梳き上げて顔を覗き込む。
「結婚して娘三人息子三人、犬二匹猫二匹の幸せ家族計画は私も聞いたけど、夢の実現のために努力する君って見たことないんだよねぇ。もし本気でそーゆー 幸せ掴みたいんなら、漫然と来る者を拒んでたり、あまつさえドクター・アラムートに手を出したりしてないで、地道な努力でお嫁さん探しするべきなんじゃ ないかなー?と思うんだけど」
 柔らかな金髪に縁取られた、聖画の天使顔がにっこりと笑う。ルシファードは軽く眉をひそめて憮然とする。
「俺、ドクターに手ぇ出したりしてねーぞ。サラディンに悪いからそーゆー言い方は止めろ。それに、今まで良いと思った女ひとに はみんな相手がいたんだから、しかたねーじゃん」
「やっぱり理想…ってゆーか基準が高すぎるんじゃないの〜?最低でもライラ以上なんて女性、滅多にいないって。最初からそのレベルで探すんじゃなくて、素 質のある女性を守り育ててゆくってのもルーシーなら良いんじゃない?」
 私は包容力ないから無理だけどね〜あはは、と続ける無責任堕天使。
「俺はライラ以上なんて言ったことねぇよ。一緒にいたいと思う女性がいねーんだから、しょーがねーだろ」
 禁断症状で苛ついている上に不毛な会話が続いて、ルシファードの雰囲気は次第にクダを巻くチンピラのようになっていく。
「…一緒にいたいと思う人がいないって?それなら、私はどうなんだい?」
 不意に真顔で問われた黒い瞳が瞬く。いつか見た、幼い頃のような表情。
「ニコルは…なんつーか、家族だろ。一緒にいたいとか、いたくねーとか関係なく、離れてても一緒にいる感じ?」
「おやおや。私は本当に小父さんになっちゃったんだねぇ……残念。それじゃあルーシー。ドクター・アラムートはどうなんだい?」
「サラディンと一緒にいるのは俺の中で決定事項だ」
 一瞬の躊躇もないきっぱりとした口調に、ニコラルーンもしばし沈黙。
「それから、いいかげんルーシーって呼ぶの止めろってマジで」
 決まり文句もしっかり付け加える。
「………ルシファード、君ねぇ………」
 額に手を当てたニコラルーンは、深々と嘆息しながら、かの父親以上にハズレているらしい相手の精神回路を解く言葉を探すけれど見つからない。
 肘掛けから立ち上がったラフェール人は、両手を広げ大仰に宣言する。
「すまないが“処置なし”だよルシファード。どうせあと7日もすれば会えるんだから、亜空間通信でもして症状を紛らわせなさい」
「――ありがたい診断をどーも、ドクター・マーベリック。大変参考になりました。早速通信室へ行って参ります」

 大ボケ大尉の有能な副官がその場にいたら、即座に「止めておきなさい」と諭しただろう。
 触れたくても触れられない苦しみというのは、中々どうして壮絶なものがある。
 この後すぐルシファードは、一層激しさを増した禁断症状に、藪医者によるアドバイスの怖さを思い知らされるのだった。


*…相変わらずヨソウガイデス。…ニ コルが出てくるとは思いませんでしたです。次でたぶん完結!たぶん!てゆーか終わらせろ!ファイト私!!
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