緑眼狂騒曲 〜The Green Eyes Rhapsody〜 8

All rights reserved. 転載利用盗作等禁止。2007,5/7


 宇宙港までの往路を、エア・カーは滞りなく進んで行った。
 途中に幾つかあった検問も、引き留められることなくスルーしていく。
「ルシファード、あなた…」
「俺じゃねぇよ。そっちの兄ちゃんだ」
『運転と精神操作、同時にこなすのは面倒なので、どちらか引き受けてくれると有難いんだが』
 ミハイルが、ライラやサラディンにも“聞こえる”ようにテレパシーで伝え、続いてルシファードにだけ、『そのくらい朝飯前だろ?』と繋げる。明らかな敵 愾心と、お互い滅多にないレベルである能力者への親近感、それから、ようやく出会えた“親類”に対する正負の入り交じった複雑な感情。
 O2やマリリアード、ニコルとも違う、繊細で素直な精神波だった。雰囲気としてはカジャに少し似ている。
『了解――あんたを監視してたテレパシストの処置は大丈夫なのか?超能力者慣れしているマオ中佐でも危険だろ』
 ミハイルが行っていた周辺の精神操作を引き継ぎながら、ルシファードも相手にしか聞こえない指向性のあるテレパシーで尋ねる。
『それは俺も気になっているところだ。食事中に奴が俺に繋いでいた“糸”が切れた。恐らく、マリリアードが妹を救出したからだろうが…悪賢い奴だ。逆に糸 を手繰ってやろうと思っていたのに』
『甘いぜ。そーゆう奴ほど逃げ足は速いモンだ』
 あのO2から逃げ回っていた究極の逃足王、アル・ジャハルを思い出したルシファードの胸にも苦いものが広がる。テレパシーの“糸”やそれを手繰るという 感覚は、能力者以外には分からない。その監視者の目をかいくぐって真相を伝え、サラディンやライラに協力を求めるため、彼は微弱な接触テレパスという方法 を使った。
 非常に難しく、危険な作業だったろう。バレたら人質の命がない。それでも、彼はサラディンに伝えようとした。
 その心意気は大変良いのだが――
 ルシファードの脳裏に、こちらを見つめている琥珀色の双眸が映る。黄昏に染まった病室。重ねられた掌。真摯な表情で、伝えられる「真相」に聞き入ってい るサラディン。
 それは読み取ったミハイルの記憶だった。
 またしても、不快な“怒り”の感情が湧き上がってくる。そんなお人好しはあんたのキャラじゃないだろ、とサラディンの肩を掴んで言ってやりたくなる。
 ルシファードは、斜め前方の助手席を見やった。運転席の彼と何か小声で話している、素通しの眼鏡を掛けた理知的な横顔。なめらかな鼻梁のライン。真珠色 の光沢を放つ白い肌。青緑色の睫に縁取られた目許と、光を透かす琥珀の瞳。
 幾ら見ても見飽きることがない。
『…なぁ、ライラ』
 黒髪の大天使は、蓬莱人を見つめたまま隣の副官に指向性のある精神波で尋ねた。
『何?』
『…俺、さっきドクターを怒らしちゃったんだけど、お前、理由分かるか?分かってたら教えてくれ』
 紛れもなく途方に暮れた“声”に、ライラは苦笑する。
 少し前なら、悪気もなく「ドクター、まだ怒ってる?」とか「何怒ってんの?」等と訊いて墓穴を掘っていたところだろう。どうやらそれを我慢したらしい男 に、僅かな成長を感じていた。
『…ねぇルシファ、貴方さっき、ドクターを後ろから抱きしめたでしょう?』
『うん』
『どういう気持ちだったの?』
『どうって…サラディンが無事で良かったなぁ〜と……』
『色っぽい気持ちはなし?』
『はぁ?あの状況で色気も何も…』
『でもねぇ、横で見ていた限りでは、とーってもロマンティックな姿勢だったわよぉ?』
 ライラは自分の脳裏に、できる限り明瞭に先程の情景を思い浮かべる。二人を見慣れているはずの自分でも、つい我を忘れて見惚れてしまった。一幅の絵画の ような――それが伝わったらしい隣の男の、慌てる雰囲気があった。
『え…いや、俺はそんなつもりは…』
『なかったんでしょう?“だから”よ。こんな幻想的で美しい状況なのに、貴方には全くそんな積りのないことが、ドクターにもお分かりになったんでしょう。 そりゃ、がっくり来て八つ当たりの一つもしたくなるわね』
『えええっ』
 慣れているテレパシストと違って、思考だけでの会話は疲れる。後は自分で考えろとばかり、ライラはそれ以上の答えを放棄した。
 後席の“会話”を盗み聴いたわけではないが、感じ取っていた運転手が失笑する。
 この星へ来て初めてエア・カーで郊外のハイウェイを走ったために、興味を引かれ色々と尋ねていたサラディンが首を傾げた。
「何ですか?」
「いえ。貴方のことを、専門分野にしか興味のない仕事中毒だと思っている馬鹿共が聴いたら、びっくりするだろうなと思って」
「その人達の捉え方もあながち外れではありませんよ。今も、ハイウェイ事故での頭部損傷について考えていましたから」
 にっこり笑顔で肝の冷えるような事を言う。地球人ならぞっとして頬を引きつらせる場面で、地球系本能と無縁の青年はルシファードよろしく破顔した。
「流石です、ドクター」
 車は、早くも宇宙港の駐車場へ入ろうとしていた。


 エア・カーが指定された一角へ無事停車した瞬間、待っていたように全員の頭へ声が響いた。
――すみません、皆さん。オリビエからルシファードに指令です。
 …ルシファード、貴方はこのまま『冥界の王妃』号でデーゲルマルク博士の所へ戻るように、だそうです。
 中空を睨んだルシファードは、しばし沈黙の後、一言。
「やだ」
「ルシファ?!」
 驚いた副官が隣の男を見やる。悪魔王の名を冠した男は、視線を蓬莱人の外科医へ据えていた。
 それに気付いたサラディンが気色ばむ。
「ルシファード?一体何を…もう危険は取り除かれたのでしょう?そんなに心配して頂く必要は…」
 ここで命令不服従などしたら、間違いなく拘束されて宇宙軍刑務所行きだ。その前に、拘束しようとする宇宙軍と抵抗するルシファの間で一大戦争が勃発し、 天文学的な数の犠牲者が出るかもしれないが。おまけに、S級超能力者同士、世紀の親子対決まで見られるかもしれない…生きて見物できる人間はいないだろう けれど。
 ちょっとそれも面白いかもしれないと思ってしまった失格医師が一人。
「そうよルシファ。ドクターは私達がお守りするから――」
 ライラが、普段ならあり得ない、理不尽な駄々を捏ねる男を説得しようとする。
「違う。そうじゃなくて、俺…」
 俯いたルシファードは、力なくぽつりと呟いた。
「今、サラディンと離れたくない」

――ライラ。

 柔らかな声が、本当のガキじゃないんだから馬鹿言わないの!と叱り飛ばす寸前だったライラを押し止める。

――ミーシャも。ご面倒おかけしてすみませんが、少し…ルーシーを彼と二人にしてあげてくれませんか。

 ライラとミハイルは顔を見合わせる。どうもこの声は、ルシファードとサラディンには聞こえてないらしい。
「…分かったわ。少し、ドクターとお話しなさい。私達は外で待っているから。済んだら声を掛けてね」
 二人は目配せをして車を降りた。

「…ルシファード?」
 俯いたままの男に、サラディンは眼鏡を外し、シートの隙間から身体を滑らせて後席へと移る。
「…どうしたのですか」
 顔を上げた彼の瞳は、いつもとは別人のように心細げだった。何かを言いあぐねて、形の良い唇を開閉させている。ついに言葉は見つからなかったらしく、再 びがっくりと項垂れてサラディンの肩口へ額を預けた。
「一体…どうしたのです」
 サラディンは溜息を吐きつつ、甘ったれな男の黒髪を撫でる。
 長く感じられる沈黙の後、ルシファードはようやく面を上げた。
「――サラディン」
 金環食の輝く漆黒を真っ直ぐに見返し、サラディンは微笑む。
「…何です?」
「――俺のこと、嫌いにならないで」
「…………は?」
「俺、馬鹿だからドクターにも色々嫌な思いさせると思うけど、他の誰はどうでも、あんたに嫌われるのはヤダ」
「……はぁ。――まさかルシファード、先程私が嫌いだと言った…その所為で?」
「だってサラディン、本気だったじゃん」
 サラディンは言葉を失う。
 いやそれは、確かに、嘘ではなかったけれど。
「俺は――恋愛とかホントに分かんねぇし、でも、ドクターのことはすげぇ好きだし。前にも言ったけど、ホントのホントに、すげぇ好きだから。これ以上勘弁 してくれっつーのも図々しいんだろうけど…あぁもう、何て言えばいいのかな」
 言葉を継ぐ必要はなかった。
 白い手で精悍な美貌を挟んだサラディンは、唇を重ねる。ルシファードは一寸驚いた風だったが、ふいに合点したらしく、言葉にならない思いの丈を込めるよ うに反応を返してきた。
 いつもより、ほんの少し、真剣な。
 確かめるように、離れては重ねられる、深く長い口づけ。

 一人は、この人を守るためなら大量殺戮者になろうと、惑星を砕くのも構わないと思い。
 もう一人は、この人と一緒にいるためならば種族の本能もプライドも、三千世界の鴉を殺すのも厭わぬと思い。
 いずれ劣らぬ、ただ、強い想いを、相手の心へ流し込むかの如く。

 サラディンの呼吸が少し上がる頃、ようやく唇を離したルシファードは、腕の中の麗人を思い切り抱き締めた。
「さっさと帰って来るよ。ブレイン・ギアの修理が終わったら、できるだけ早く」
「…お父様の“調整”が上手くいくことを祈りましょう。貴方が宇宙軍に拘束されたら、どうしましょうか」
「きっとライラが救出に来てくれるから、一緒に来いよ、ドクター。…宇宙海賊とか、嫌じゃなければ、だけど」
「ずっと一緒にいると約束したでしょう?いい加減信じないと怒りますよ。それに、宇宙海賊なんてとても面白そうじゃないですか。例の『宇宙戦隊ギャラクシ アン』の悪役を地で行くというわけですね?」
「そっかー、なるほど。でもそーすっと、最終的にはギャラクシアンにやられちまうんだよなー」
 友人以上、恋人未満――と言うより、もしかすると“恋人異常”かもしれない二人は、実にしょーもない事を言い合ってふふふと笑った。


*…ヨソウガイデス。本当に…こんな 話になるなんて考えても…(←おい;;)。そしてごめんなさい。まだ続きます……切りが悪!
ええ、今更ですが、7章でミハイルが使っている武器は、『喪神〜』でマリリアードが使ってました。お気づきになられた方がいらっしゃったかどうか…。

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