緑眼狂騒曲 〜The Green Eyes Rhapsody〜 2

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「あ、ニコル?俺。ちょっと気になることができたんで、バーミリオン帰るわ。今、宇宙港に向かってる。30分後に出る便があるから、それに乗る。後よろし く」
 イヤホンの向こうで叫ぶ声は無視し、手動に切り替えたエア・カーの速度を上げる。
 カジャから送られたファイルに納められた映像。それを見た瞬間、鳥肌が立った。
 黒髪に、印象的な緑の眼――見覚えはない。自分の記憶にある限りの犯罪者リストにも一致しない。添付された履歴書ファイルに不審な点は見当たらない。
 だが、こいつは。
 ハンドルを握る指に、力が入る。
「…畜生。無事でいてくれ、サラディン」
 思わず呟いていた。
 誰に分からなくても自分には、分かる。奴は…同族だ!

 絶滅寸前だったラフェール人や、公には既に絶滅種である蓬莱人どころではない。遥か昔に種の命を終えたはずの人類――先史人類。その末裔であり、先祖帰 りでそれに近い能力を持ったマリリアードと、遺伝子操作で意図的に作られ、先史人類の遺産であるコンピューターによって補完、クローニングされたオリビ エ・オスカーシュタイン。その二人の子どもである自分。
 知る限り、先史人類の生き残りと言えるのは、この3人だけのはずだった。
 ――いや、ひとつだけ、心当たりが無いわけではない。だが、そうだとすればなおさら、彼がバーミリオンでサラディンの傍にいるなんて、偶然のはずがな かった。



 ライラ・キム中尉は、通信室の個人ブースで、画面へ現れた相手に敬礼する。
「先日は失礼いたしました、サー」
 相手は軽く答礼すると、直立したライラに着席を促した。
『…キム中尉。私は君の仕事振りを、常に高く評価している』
「恐縮です、サー」
 相手はそこで、珍しくも溜息を吐いた。麗しい男のアンニュイな様子は実に絵になる…と思うが、この上官が溜息を吐きたくなる事態というのは、あまりよろ しくない。ライラは表情を引き締める。
 続く言葉は意外なものだった。
『バカ息子が前後の見境も無くそっちへ行った。脱走扱いにならぬよう手は打ったが…。奴が暴走しないよう君が引き留めてくれ。手段は問わん』
 ルシファードの“暴走”がどれほどのものか、骨身に染みてよ〜く知っているライラは、それを聞いてとてもいや〜な気分になる。
「――ルシファが…失礼、ルシファード大尉が見境を無くす、ということは、ドクター・アラムートと関係がありますね?事情を説明して頂けますか」
 銀髪の男は肯定も否定もせず、軽く肩を竦めた。
『詳細はディスクで送る。君の任務は、その星にもう一つ穴が空かないよう、奴の後頭を叩いてやることだ。了解したか?中尉』
「イエス、サー。…状況報告は」
『マオにも連絡を入れた。報告は適時で構わん』
「了解しました。キム中尉、任務に入ります」
 ライラは再び直立し、切れのある動きで額へ手を当てた。相手はまたラフな答礼をし、軽く微笑む。
『…いつもすまない。ライラ』
 その笑顔に見惚れている内に、画面は暗転している。ディスク書き込み中、の赤ランプが小さく点滅している。
「――やっぱり素敵だわ〜…中身はあの馬鹿助と大差ないにしても」
 前半は夢見る少女のようにうっとりと、後半は半眼になりながら、声も自然と低くなる。
(…ったく、一体何をやらかそうってのあの鳥頭ッ!!)
 取り出したディスク片手にとりあえず拳を震わせると、ライラは姿勢を正して通信ブースを出た。通常任務と並行で、情報将校としての任務もこなさなければ ならない。
「忙しくなるわ…。このツケは高いわよ〜?ルシファ」
 ライラは指を鳴らしながら、エキゾチックな顔に黒豹の笑みを浮かべた。



「え?」
「私が行くのは食堂だと申し上げました。あなたが私に付き合うのは構いませんが、私があなたに付き合うとは、一言も言っていませんよ?」
 自分でもそれと分かるほど辛らつな口調に、相手は当然のごとく肩を落す。
「確かに…そうですよね……やっとドクターとお食事できると思って、浮かれてしまいました」
 尻尾と耳を垂らしてしょげ返る犬のごとく消沈した様子に、元来いじめっ子の外科医は微笑む。
「…あ、でも、進展は進展ですよね」
 が、毎日この手の意地悪をされても懲りずに日参する相手は、相当なプラス思考で打たれ強いらしい。今回も瞬時に復活。印象的な緑の瞳をサラディンへ向 け、にこりと笑う。
「今日のB定、“から揚げバジル定食”が美味いらしいですよ。ナースが言っていました」
「ほう。それは聞くからに美味しそうなメニューですね。楽しみです」
 廊下を歩く基地内最強ドクターの行く手に“人ごみ”は存在しない。患者もスタッフも、預言者の前の海さながら、きれいに分かれて行く。
「以前出た、“海軍蟹のパスタ”も美味かったですよね!あれ、もう一度やらないかな」
「あれはここの食堂を利用し始めて40年、最高の味でしたね。…レシピを開発して、更に材料の調達までした功労者を知っていますが…」
「――まさか、オスカーシュタイン大尉?」
「ええ、その通り。私の専属シェフです。惑星大統領は、惑星軍が彼のせいで半漁半軍になったと我らが司令官へ苦情を申し立てたらしいですが、そもそも兵士 を栄養問題が出るような状態で働かせていた上に、頼んできたあちらの人選ミスで起きたことですから、アンリも笑って一蹴したようです」
「…その噂は聞きました。大尉が惑星軍へ出かけて行って、料理を教えたとか何とか…。あれは大統領のご指名だったのですか。そもそも最初は、何のために呼 ばれたんです?」
 サラディンは求められるまま話し始める。
 ハンサムだが特別目立つこともなく、穏やかで機転の利くこの若者は、不思議なことに、初対面からサラディンを怖れなかった。まるで出会った時のルシ ファードと同じように、サラディンの顔に見惚れた挙句、『俺、貴方に一目惚れしました。結婚して下さい!!』と言い放ち、周囲を凍りつかせた。
 その時もサラディンは『嫌です』とあっさり言い切り、相手をがっかりさせたのだが、彼は懲りることなく日参し、賛辞を送り続ける。
 …ルシファードがブレイン・ギアの修理で不在な日々の、どうしようもない退屈を、多少紛らわせる役には立っていた。
 勧められたB定食のトレイを受け取り、機嫌よく食堂の主に挨拶をしたサラディンは、ふと思いついて、背後の若者を振り返った。相手の顔をまじまじ見つめ ると、彼は白い頬を僅かに染め「何ですか?」と訊く。
「すみませんが、あなたのお名前は?」
「――ミシェル・クレイヤンクール。やっぱり、ですね」
 小首を傾げたサラディンに、青年は笑った。
「覚えてないと思ってました」

* ルシファが惑星軍でやっちゃったことは、これまたプ チ文庫ネタです。いや本当に面白いですプチ文庫。っていうか、本編と、本編 後の話を同時連載しているようなものですね。もうとっくに文庫一冊分の厚みは越してるし。大変だ〜。でも面白いからやってほしい…でも本編第一で進めても 欲しい……葛藤。
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