夢の あ とさ き -8-
ずっと一緒にいよ うと言った。 たとえ星を壊しても守ると約束した。
それなのにどうし て、彼は今此 処にいないのだろう。どうして、自分は彼の傍にいないのだろう?
誰よりも一番、大 好きなのに。
ドアが開くと、廊 下の壁に凭れ ていたライラが顔を上げる。
「待たせたな。すま ん、ライラ」
「いいえ。…それ で、どうだったの?」
「当該任務は継続 中、だとよ。や り易くて助かるぜ。――ミス・ヴァンカート」
副官の隣で長椅子 から腰を上げ た相手が振り向く。
「…こんなコトに なっちまって、 本当に申し訳ない。サラディンは、必ず無事に連れ帰るから」
簡略だが誠意ある 謝罪をされた 彼女は、琥珀色の瞳を細めて薄く笑む。
「――いいえ。…私 自身は、大切 な同胞である彼が無事であるならば、この宇宙の何処に居ようと構いません。…ですから彼を探すのは、あくまでもあなたご自身の為になさって下さい。ルシ ファード・オスカーシュタイン大尉」
髪はまだ染めたま までも、顎の 細い綺麗な顔立ちは、やはりサラディンとよく似ている。硬く冷ややかなのに、なまめかしく艶やかな声の雰囲気も。
加えて言葉の内容 も大層凛々しく、一瞬見惚れかけた ルシファード は、首を振った。
「…そうだな。除隊 して探しに行くっつー手もあるが、使えるなら情報部のツテは使った方が圧倒的に有利だ。…ライラ。親父が、アリスの護衛はお前に任せると言ってた。 また俺の分の 負担を預けちまってすまねぇが、彼女はサラディンJr.のママだ。くれぐれも、よろしく頼む」
「…了解。ところ で、大丈夫な の?ルシファ」
「何が?」
ルシファードに付 いて歩き始め たライラは訝しげに問うた。
「…特に落ち込んで いる様子はな いから、妙だなぁと思って。今までの流れを考えると、もっとベッコベコに凹んでいるはずじゃない?」
見上げる横顔は、 いつもの彼らしく無表情だ。
「ヘコんでいますと も。そりゃあ もう、ベッコベコに。…ケド、あの人探すのにそれじゃ能率悪いでしょ。だから、俺の脳ミソが論理崩壊しないよう、プロテクト掛けちまったの」
規定外の大尉は、 また常人には 理解不能な答えを返す。少し考えかけたライラは、間もなくその努力を放棄した。
「…まぁいいわ。兎 に角もさっさ とドクターを連れ戻して、明るく楽しい軍隊生活を取り戻しなさい。…健闘を祈る以外、私に出来る事があるなら言って」
「いや、大丈夫だ。 サン キュな、ライ ラ」
いち早く纏めてい た手荷物を下 げたルシファードと、通信部のあるビルの玄関で別れる。いつも通り、ラフな敬礼をして。
数十年振りか、あ るいは百数十 年振りとなる完全な娯楽としての旅行は、存外に楽しかった。
旅慣れしていると いう同伴者の 手配は、下手なツア・コンより手際がよく、不安を感じる停滞が殆どない。
各地の名所を見、 歴史を辿り、 特産品を愛で、名物を味わう。
ゆったりとした眠 りの後には、 次の惑星へと向かうシャトルに乗っている。
来る日も来る日も 同じ場所で、 ミーハーなナース達と、際限なく来訪する患者を治していた忙しい日々が嘘のようだった。
惑星表 面のほとんどを水に覆われた星で、見渡す限り広がる浅瀬に咲いた、白い水中花の群れ。灼熱の惑星を飛ぶ“火の鳥”。天高く、刺のようにそそり立つ岩石状生 物 の、生きた“岩の森”。底が見えないほどの巨大な渓谷を、数十キロに渡り流れ落ちる大瀑布…。
星によっては、衛 星 軌道上のス テーション・ホテルに泊まることもあった。ミハイルはいつも何処でも律儀に部屋を二つ取るので、同室でも構いませんよ、と言うと、彼はどうやらそれが癖で あるらしい困ったような表情で笑う。
「俺これでも、一生 懸命紳士ぶっ てるんですから、誘惑しないで下さい。サラディン」
「始終一緒にいるの に、紳士めか してどうするんですか、ミーシャ。心配せずとも、そう軽々に手が出せるほど、私は安くはありません」
眼鏡の階を押し上 げながら、凄 味のある笑顔を見せる。ミハイルは額へ手を当て、眩暈を抑えるように首を振った。
「…っ…クラクラす る。さすがド クター、惚れ直します」
「ドクター、と呼ぶ のは止めて下 さい。彼を思い出して…不快です」
――ドクター!
大らかな声音。底 抜けに無邪気 な笑顔。
「――分かりまし た。ツインの部 屋に変更します。それとも、ダブルベッドの部屋に変更しますか?」
刺を含んだ声に、 我へ帰る。テ レパシストの彼は、瞬間サラディンの胸を過ぎった想いを感じ取ったのだろう。唇の片端を上げて少し顰めたような顔が、その心情を表していた。
素直な気持ちが、 心地良い。
微笑んだサラディ ンは、青年の 頬へ手を当て、首を伸ばして軽く、その額へ唇を付けた。
――逃げ足が速 い!
頭の中で、あらん 限りの罵倒を 並べながら、端末の画面を睨む。
追い求める相手の 同伴者であるA級 テレパシストは、自分達の痕跡を次々と消しながら、見事と言いたくなるほどの逃避行を続けていた。情報部の協力を得ているとは言え、コンピュータの搭乗記 録や空港警備カメラ映像まで改竄されては、常人に手の出しようがない。
さすがにその星で 出会った人間 全ての記憶感覚を操作できるO2ほどの能力をミハイルは持ち合わせておらず、不幸中の幸いだった。ルシファードは彼 らの記憶の欠片を拾い集め、既にその星にはいない二人の航跡を追う。全ては後手後手に回っていた。
――ったく、これ じゃマジで親 父から逃げてたマリリアードみてぇじゃねーかよ!
同じ星の上に辿り 着けさえすれ ば、すぐにでも傍へ飛んで行けるのに。敵もさる者、漸うルシファードが目的地を見つけ出し辿り着くと、二人は既にその惑星を離れた後なのだ。
サラディン、サラ ディン、サラ ディン、サラディン…
解けそうになる封 印を、溢れそ うになる気持ちの箍を、プロテクトを幾度も掛け直して、ひたすら一刻でも一分でも早く、次の目的地へ辿り着くことだけを考える。
最初に取られたア ドヴァンテー ジはそれで少しずつ、消化されている筈だった。