の あ とさ き  -7-

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2007,11/10,Sat

 人波を縫って彼の もとに辿り着 いた青年を、伊達眼鏡の向こうから琥珀色の瞳がじっと見上げている。

「――何ですか?サ ラディン」

「…いえ、あなた は、結構華やか な美青年であったのだなぁと改めて思いまして」

 十分な背丈と、敏 捷そうな痩躯。軍人であるルシファードほどの逞しさはないが、貧弱な印象は皆無。エメラルドの瞳を瞬いた黒髪の彼は、恥ず かしそうに頬 を掻く。

「え、や――ありが とうございま す。…確かにカーマイン基地じゃ、あなたの周りはルシファードを筆頭に、派手派手しい美形ばかりごろごろしていましたからね」

「そうでしたか?… ああ、馬鹿力な私の荷物まで持つ必要はありませんよ、ミーシャ。確かに手は大事ですが、音楽家ではありませんし」

 言葉通り、それな りに重量のあ る鞄を、白魚のような指が実に軽々と持ち上げた。

 ミハイルは一瞬、 目を丸くしてから、笑顔になる。

「流石です、ドク ター。カッコイ イ」

「鞄を持ち上げた程 度で感心しないで下さい――それで?これから 何処へ行くの か、私は承知していないのですが…」

 並んで搭乗口へと 向かいなが ら、蓬莱人の医師は、職場仲間でもある同伴者に尋ねる。彼の背丈は心持ちサラディンより高いくらいで、目線はほとんど変わらない。

「“銀河系一周名所 廻りの旅”は如何ですか?実は以前からやってみたいと思ってました。のんびり一年くらい、あちこち回れたら楽しいだろうなーと。ドクターのご希望に合わて プラ ンを組みますが…」

 本当に行きたくて 計画を立てて いたのか、具体的なルートがすらすらと出る。

「…悪くありません ね。取り敢え ずは、それで良いでしょう。使う暇の無い給料がふざけた金額まで貯まっている私は兎も角として、あなたの費用は大丈夫なのですか?」

「俺も、ラルフの医 療費として せっせと貯めてた分があります。あなたのおかげで不要になりましたから、どかんと気持ちよく使いたいと思ってたんです」

「…そこに私がタイ ミングよく出 奔して来たというわけですか。運の良い方ですね」

「心底からそう思い ます。幸せすぎてまだ足元がふわふわと――当のあなたは苦しんでいるのに、申し訳ないのですが」

 苦い思いの込めら れた声音に対し、外科医師は微笑 んで首を振 る。

「いいえ。本当に嬉 しかったです よ。空港で待っているあなたを見つけた時には」

 宇宙港の早朝ロ ビーを、かなり 寒々しい決意を胸に抱き歩いていたサラディンは、前方に困ったような顔で佇む青年を目にして、少し――気が抜けたのだ。

「…すみません。勝 手に糸を繋い でしまって」

 ミハイルは昨日の 明け方、激し い胸騒ぎに目を覚ましたのだという。

 意識するとサラ ディンの想いが 伝わって来て、もう居ても立ってもいられなかったのだ、と青年は幾度目かの告白をする。

「分かりましたよ。 そう何度も弁 解されるのは嬉しくありませんね。あなたこそ、後悔がないならもう、そのことは置いておきなさい」

 懺悔をすべきは自 分の方だ、と 蓬莱人は密かに思う。仕事も友人も同胞も…子どもも、全てを投げ出して来てしまった。依願除隊届等の必要書類は整えておいたから、脱走兵として追手が掛か るようなことは無いと思うが――。

 彼は追って来るだ ろうか。

 

 

『とうとう捨てられ たのか、ドク ター・アラムートに』

 ダンディな私服に 身を包んだ情 報部部長は、息子の報告を聞き、実に楽しそうに笑った。

「……親父。今の俺 は洒落の通じ る気分じゃねぇぞ」

 ルシファードは無 表情のまま低 く唸る。サラディンの行方不明が分かって即座に、ルシファードは惑星の全コンピュータをハッキングし、居所を突き止めようとした。結果、分かったのは―― 既に彼がこの惑星にいないこと、そして今日付けの依願退職届が彼自身のパーソナル・コード付きで本部へ送信されている事実だった。

『多少の嫌味を言う 権利はあるだ ろう。かつてお前は、マリリアードと共に私を捨てた。――今のお前の気持ちを一番理解できるのは私だと思うが、違うか?坊や』

 やはり齢92に して現役バリバリの連邦軍少将の方が、規格外れの英雄よりも一枚上手である。

「その節は悪ぅござ いました…っ て、原因作ったのあんたの方だろ!当時5歳の幼児に責任被せんじゃねぇよ!――ンな事より俺が訊きたいのは、ドクターを守 れっ つー情報部の命令がまだ有効かどうかってコトだ。――如何ですか、少将」

 一部下としての質 問に、O2も 笑みを冷ややかなものに変える。

『ドクターの捜索 に、情報部の人 脈と情報網を使わせろということか。公私混同も甚だしいな』

 情報部どころか連 邦軍も私物化 しつつあるあんたがそれを言うかっ…とルシファードは内心激しく突っ込みを入れたが、話が逸れては困るので黙っている。

『父親としては叱責 したい所だ が、残念ながら当該任務は現時点で有効だ。お前が情報部に在籍し、任務遂行が可能である限り、半永久的にな』

「――ありがとうご ざいます。部 長殿」

 さっと席を立ち、 敬礼した部下 に向かい、O2は父親の顔へ戻り言った。

『一つ良い事を教え てやろう、坊 や』

 情報部の面々を常 に魅了し、ま た震え上がらせる魅惑の低音が、通信室の狭いブースに響く。

「…あんたの言う “良い事”が本 当だった例はあまりねぇぞ」

 息子の懸念など全 く意に介さぬ 風で、銀髪の少将は続ける。

『お前も知っての通 り、あいつは 女性の身体になったわけだが、私はあいつが“あの女”でなくマリリアードだった時に、触れたいと思ったことはない』

「――はぁ?」

 父親の意図する所 が分か らず、ルシ ファードは怪訝そうに眉を寄せる。と、画面の中のO2が小さく溜息を吐いた。

『お前の父親とし て、出奔にまで 追いやられたドクターには同情を禁じ得ないな。――彼に会えたらこう伝えるがいい。“あなたが望むなら、左隣の席を空けてお待ちして いる。いつでも遠 慮なくどうぞ”とな』

「ふざけんなっ!誰 が――」

 操作卓を叩いた衝 撃で画面が乱 れ、ルシファードは我へ帰った。ノイズの消えた枠の中では、冷たいのか温かいのか、父親が意味深な微笑を浮かべている。

『“もう一人”の護 衛はキム 中尉に命じよう。――ルシファード・オ スカーシュタ イン大尉。大事な者を手放したくないなら、全力を尽くせ。成功を祈る。…じゃあな』

 画面が暗転する と、室内灯の明 度が強くなる。静まり返った通信室で、ルシファードは操作卓へ置かれた自分の拳を見詰めたまま、立ち尽くしていた。


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