の あ とさ き  -6-

(C)2007 AmanoUzume.
※禁;転載利用盗作再配布 等。
2007,11/4,Sun

 秋の抜けるような青空の下、ほ んのり冷たい空気を掻き分け、今までになく爽やかな気分で執務室のドアを開けたルシファードは、10年来の親友であり、右腕であるラ イラに軽快な声を掛けた。

「よ、ライラ。っは よ」

 振り向いて口を開 きかけた彼女 の動きが止まり、吊り気味の大きな瞳が半眼になる。

「…何だ?ヘンな顔 して」

 すすっと歩み寄っ た副官の右拳 が無言で飛ぶ。驚異の動体視力で危うくかわした男は、後方へたたらを踏みながら抗議の声を上げた。

「なっ…なにすんだ イキナ リ?!」

 続いて飛んで来た ヒールを受け 止め、左拳を受け流す。

「理由を――」

 言え、と叫びかけ て、ふと思い 当たる。そういえば…。

 サラディンと向き 合うのが恐く てライラの部屋へ押しかけていたのは、つい一昨日前のことだった。

「ご、ごめんなさい ライラ様!お かげさまでドクターと仲直りすることができましたっ!ご協力、心より感謝申し上げます!!」

 その場で平身低頭 すると、攻撃 が止んだ。

「…分かれば良い わ。った く、こちらはそれなりに心配してヤキモキしてたってのに、なぁにが“っはよ”よ。もう、ホントに…」

 世話が焼けるわ ね、と呟く声は 限りなく優しい。

「――サンキュな、 ライラ。ん で、ごめん。心配かけて」

 乱れた黒髪を掻き 上げながら、 目前に立つ副官を見やる。拳を解き、腕を組んだ彼女は、猫を思わせる黒い瞳をきらりと輝かせた。

「それで?…その様 子だと、相当 首尾よく仲直りできたようだけど?」

「…うんv

 昨夜、久々に堪能 できたサラ ディンの姿が脳裏を過ぎると、ルシファードの頬は自然と緩む。しかも昨日見られたのは、笑顔だけでなく――

「――へらへらしな いで頂戴。 こっちが恥ずかしいわ」

 ミーハーな好奇心 から質問した ライラだったが、極上の美貌にこの上なく幸せそうな笑みを浮かべた相手に毒気を抜かれ、苦笑する。

「そだ、ライラ。ま た面倒かけて 悪いんだが、俺、アリスと結婚することになるかもしれない。手続きとかどーすりゃいいか、調べといてくれないか?」

「…それはまた、急 展開ね。―― 分かった。式は挙げるの?」

「まだ分かん ねー…っつーか、 そーなったら親父に報告しねーといけねーんだろーな〜…」

 がっくりと肩を落 とす男の様子 に、いつか彼が、昔馴染みのラフェール人と話していた内容を思い出す。

 結婚式に呼んでも 呼ばなくて も、呪いのかかったプレゼントを贈ってくるタイプ――

「…O2 からのプレゼントが今から楽しみね、ルシファード?」

「お前それ……他人 事だと思っ て〜」

「だって、ひとごと ですもの。 さぁて、今日も元気に、お仕事お仕事♪」

 あっさり言い切っ た副官に執務机へ連行…もとい、押されて 行く間にも、 蘇る昨夜の記憶がルシファードの気持ちを改善する。

 何があろうと、当 分はハッピー に過ごせそうだった。

 

 粥を中心とした軽 い夕食を摂っ た後、しばらく歓談しながら寛いでいたサラディンだったが、やはりまだ本調子ではない、と早々にシャワーを浴び、寝室へ引っ込んだ。

 私用を済ませたル シファードが そろそろ眠ろうかと部屋へ入った頃には、既に熟睡中。だだっ広いベッドの左側を空けて、すやすやと眠っている。

 警戒心の強い猫の ような彼が安 心し切って眠る姿。まずそれが何となく嬉しくて、それから自分の為に当たり前のように開けられた空間が、また嬉しい。

 滑らかなシーツの 間に潜り込ん だものの、結局ヘッドボードに背を預け、傍らの綺麗な寝顔を飽きず眺めていた。

 一年前、士官食堂 で初めて出 会った時、衝動的にいつまでもずっと彼を見ていたいと思った。

 そして今、誰憚る ことなく存分 にその想いを果たせる。

 ――あぁ俺、こん なに幸せでい いのかな…。

 優先順位表の第一 位であるこの 人は、心も身体も、あるとするなら魂も――全て、ルシファードのものだと言う。

 嬉しいけど、おっ かない。齢227を 数える彼の過去も未来も、その表裏全てを受け止められる器が自分にあるかと問われれば、自信はない。でも、他の誰かにポジションを譲る気があるのかと問わ れたら、絶対嫌だと答えるしかない。

 格が違いすぎて、 多分未だ恋愛 にも成り切れないこの気持ち。

 過去を悔やんだ事 のない男の心 に、後悔めいた感情が初めて滲む。


 ――俺、
200年 前に生まれりゃ良かったな。あんたと一緒に生まれて、育って、ずっと…。

 でもまぁ、いい か、と思い直 す。これから、ずっと一緒にいるんだから。

 眠っている身体へ そっと腕を回 し、軽く抱き締めて、目を閉じる。

 温かに重なる吐息 と、鼓動。

 “抱き枕”って、 これじゃ逆だ なーと思いながら。

 

 

 夜明けを告げる鳥 の鳴き声が、 仄白んだ木立に響く。

三千世界の鴉を殺し ――

 琥珀色に空いた縦 長の瞳孔が、 傍らに眠る黒髪を、静かに見下ろしている。

ぬしと朝寝が、してみ たい……

 眦を溢れた雫が、 はらりと落ち た。

 

 

 部 屋へ戻ると、ア リスはまだ 眠っていた。蓬莱人の生理は分からないが、寝息が規則正しく安定しているので、特別な対応は必要ないと判断する。

 サラディンは帰っ ていない。昨 日休んだ分の仕事が溜まっているのだろう。帰宅できないことも十分有り得る――というより、その可能性の方が高い。夕飯を作る前に一応確認しようと携帯端 末へ連絡を入れるが、すぐ留守設定に切り替わった。

 ――手術中?…か もな。

 術衣を着、メスを 手に微笑むサ ラディンの姿が脳裏へ浮かぶ。

 …うわっ、怖ぇ 〜。でもカッコ イイ〜。

 何気なく位置検索 をかけたルシ ファードは、表示された文字列に眉をひそめた。

 え――ココ?

 居間を見渡し、寝 室を覗くが、 彼の姿はない。だが端末の位置検索機能は、確かに彼の端末がこの家中にあると告げていた。

 …妙だな。

 まさかあのサラ ディンが忘れて 行くわけもあるまい、と思いつつ探すと、ベッドサイド・ボードの引き出しの中に、それはあった。

 急速に湧き出した 黒雲が、ルシ ファードの胸を塞ぐ。ほとんど反射的な素早さで、短縮ナンバーを押していた。数回のコールの後、聞き慣れた少年の声が応答する。

「俺だ。忙しい時に すまない。サ ラディンが今何処にいるか、知っていたら教えてくれ」

 相手の返答を聞い た男の顔から、一切の表情が消えた。

「――いや、今日は 出勤したはず だ。家にはいない……あぁ、頼む。こちらも見つけたら連絡する」

 通話を切ったルシ ファードがス クリーングラスを外すと、黄金に染まった両眼が現れる。長い黒髪が、まるで意思あるもののように宙を舞った。

 

 

 繋いだ指先から染 みる、柔らか な温もりと力強い優しさが、自己嫌悪と後悔に押し潰されそうな気持ちを支えてくれている。

 テレパシーという のは思いを伝 えるだけでなく、こんな効果もあるものなのか、と感心しながら瞼を閉じたサラディンは、隣の肩へ頬を乗せた。

 甘やかな眠気が寄 せてくる。

 惑星間シャトルが 目的地へ着く には、まだ時間がある。それまで、綾香と同じく自分を想ってくれるこの優しさと温もりの中へ、逃げ込んでいよう。

 絡められた指先 に、僅かな力を 込めた。

 *??????!!!!!!!!ドラマCD特典プチ文庫、サラディンが可愛くてカッコ よくて、悶え死にそうになりました。O2も……。あんた愛し過ぎるよ…。



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