の あ とさ き  -5-

(C)2007 AmanoUzume.
※禁;転載利用盗作再配布 等。
2007,10/8,Mon

 私には父が二人い る。

 一人は、“狩る 者”達との攻防 の末、おそらく宇宙の塵と散った実の父。

 もう一人は、天涯 孤独となった 私が迷い込んだ工業都市で、うらぶれた地下路地に住んでいた孤独な男。

 彼が育ての親とな る。

 そして、彼も私を 守るためにそ の命を失った。

 種族も顔立ちも違 う、互いに全 く関係のない、二人の父の、別れ際の笑顔。

 それは、恐ろしい ほど良く似て いた。

 私の覚えている、 世界で一番美 しい、顔。


 冷たい硝子に額を 預け、小さな 溜息を吐く。

 藍色の闇に飲まれ ていく残照。 ベランダの向こう、強めの秋風に揺らされている木々。

 防音が効いている のか、隣室の 話し声は聞かれない。ようやく会えた同族と、彼の恋する異色の大尉。力強い生命の光芒を放つ二人。

 サラディンの言う 通り、ここは 安全だ、と蓬莱人の直感が告げていた。

 新たな生命を宿し ている筈の下 腹部へ、そっと手を当てる。

 遺伝子の提供者は 確かにサラ ディンなのだが、アリスの想いの中で、子どもは失ってしまった“伴侶”の血を継ぐものだった。

 瞼の裏に、彼の面 影が映る。引 き裂かれた半身。魂の欠片。

「馬鹿……」

 どうして、どうし て皆、同じ顔 して笑いながら、消えてしまうの。

 真珠色の頬を透明 な涙が伝う。

 

 

「…そういえば、も う一つご相談 したいことが」

「――何?」

 猫を貰う約束した 子どもよろし く、はしゃいでいたルシファードに、蓬莱人は軽い調子で告げた。

「子どもも生まれる ことですし、 彼女と結婚しようと思うのですが」

 鳩に豆鉄砲。もと い、野生馬に 電気ショック。

 互いに爆弾発言を かましては時 間を止めてしまう厄介なコンビが約一組。

「はああ〜っ?何だ よそれ、ダメ ダメ。困るぜドクター」

(一 応訊きますが)……何故です?」

 度重なる経験法則 から、琥珀色 の双眸を細めて訊く外科医の胸に期待はない。あるのは、さぁ今度はどんなボケをカマしてくれる積りです?という心構えのみ。

「俺、サラディンの 傍に居られな くなっちゃうじゃん!」

「そんなことはない でしょう。同 居なんてつい最近始めたばかりで、以前は別々に暮らしていたんですから。それでも“守る”なんて無謀な約束をしたあなたが、何を今更――」

「守るのはもちろん だけどさ、 俺、前の生活になんて戻りたくねぇ〜っ」

 サラディンとの同 居(周囲の認 識はどうあれ)を解消し、独身仕官用宿舎なんぞに舞い戻ったら、悪友どもがまた喜び勇んで入り浸るに違いない。アリスと子どもを守るための偽装結婚にせ よ、新婚家庭へ度々押しかけるのは不自然に過ぎるし、とすると、趣味のパソコン・ソフト作成に勤しむ静かな夜も、非番の日に料理を振舞う至福の時も、ルシ ファードは一挙失ってしまうことになる。

 目前にある戦慄の 美貌が、やお ら微笑んだ。

「…ルシファード。 まさかとは思 いますが、ご自分の都合だけで我侭を言っているんじゃあないでしょうね?」

「はは、まっさかぁ 〜ンな筈ねー じゃんドクターってば」

「そうですよね。も しそんな事が あったら、流石に私もブチ切れて、問答無用であなたを伴侶にしてしまうかもしれませんしねぇ?」

 目だけマジなにっ こり笑顔がこ の上なく怖い。ルシファードは自分のポーカーフェイスに重ね重ね感謝しながら、事態の打開策を探していた。

 気安くサラディン と会えなくな るなんて、考えただけで詰らない。退屈とか寂しいとか言うどころじゃない。下手すりゃまた禁断症状が…。

「――俺が結婚す る」

 奇想天外な発言に 否応なく慣ら されてきたサラディンは、一拍置いて反論する。

「同じ事じゃないで すか」

「違うよ。俺が結婚 して、ドク ターはアリスのお兄さんってーコトにすりゃ、不自然じゃねぇし、八方都合がいいんじゃねーの?ドクターがいきなり結婚するよりいいと思うぜ」

 ふむ、と外科医は 細い頤へ手を 当てる。

「なるほど。それは 中々いい設定 かもしれません。相手が彼女なら、嫉妬に狂った連中も納得せざるを得ないでしょうし……分かりました。それも相談してみましょう」

「サンキュ、ドク ター」

 ルシファードは内 心、ホッと胸 を撫で下ろした。これで、“友人”であり“義兄”になるサラディンを自分が訪れるのは全く問題ないし、悪友どもは呼んだって来ないだろう。

 問題は片付いた ――かと思いき や、また別の課題に気付く。

「…先々はそれでい いとして、今 日からもう彼女ここに住むんだよな?」

「ええ。あなたさえ 良ければ」

 目前に両手を掲げ たサラディン は、青緑色の柳眉をひそめる。今更ながら血に染まった両手が厭わしくなったらしい。

「そりゃイイけど さ。じゃ、俺の 部屋空けるから。一応キレイに使ってるから大丈夫だと思うケド、多少男臭いのは我慢してもらうっきゃねぇな」

 あっさりとした口 調に、サラ ディンは少し驚いた様子で顔を上げた。

「――部屋を空け て、あなたはど うするのです?私の部屋へ移るのですか?」

「ドクターが迷惑な ら、しばらく 居間のソファで生活するぜ?」

「いいえ、とんでも ない。そもそ も週に数回しか部屋へは戻れないのですから、あなたに有効活用して頂いた方が嬉しいですよ。それに…」

 視線をちらりと ベッドへ向け て、蓬莱人は悪戯っぽく微笑む。

「ここのベッドはク イーンサイ ズ、二人は余裕です。どうかお気遣いなく」

 艶めいた表情に一 抹の不安を感 じながら、ルシファードも笑顔を返す。

「前にもンなこと 言ってたけど、 ホントにだだっ広いベッドなんだモン。安心しちまった。んでもドクター。俺、心の底からマジで眠るのが大っ好きなんだ。頼むから就寝中にちょっかいかける のは絶対ナシにしてくれよ」

 PCリ ングの副作用である強い眠気からは開放されたものの、ルシファードの睡眠好きはどうやら生来のものであったらしい。毎晩この上ない幸せと共にベッドへ潜り 込む。

「あなたを手篭めに してきた女性 達と一緒にしないで下さい。そんな原始的で暇なことは致しません。ただ……」

 ――ただ…ナニ?

 長い睫が思わせぶ りにゆっくり 上下するのを見守るルシファードの胸へいやんな予感が走る。

「…寝惚けてうっか りあなたを抱 き枕代わりにしてしまうかもしれませんが、怒らないで下さいねv

 そんな。目のやり 場に困るよう なこの上なく美麗な笑顔で言われても。

 ――こ、ここで後 退ったら負け だっ!気張るんだ俺!

 思わず後退しそう になった足を ぐっと踏み止め、日々パワーアップしているように思える驚異の美貌と対峙する。

「別に、怒らねぇ よ。あんたはニ コルみてーに確信犯なセクハラエロオヤジじゃねぇし。けど、寝惚けて噛むのだけは勘弁な」

 ああ、言われてみ れば、確かに そうですねぇと感心したように手を打ち、本気で失念していたらしい医師の様子がちょっと怖かったり。


 部屋を出ると、ゲ ストは美しい肢体を横たえ、長椅子 の上で寝息を立てていた。

 ルシファードとサ ラディンは顔 を見合わせ、外科医師がそっと近付いて白い額へ手を当てる。

「――やはり。熱が あるようです ね。…私と同じ症状でしょう」

 ベッドへ移したい けれど起こし てしまうし…と躊躇う医師の肩を、連邦軍仕官が叩く。

「サラディン。俺、 起こさないよ うにできるから」

 囁いてにっこり笑 う、慕わしい 笑顔。サラディンが返事をするより先に、アリスの身体を抱え上げた男は、聞きもせずまっすぐ自分の部屋へと向かう。

 迷いのない振る舞 いは彼らしい と言えたが、どうにも微妙な違和感が――先ほどの発言といい、何となく……彼女を自分から遠ざけようとしている、ような?

 どうせ訊いた所で またこの無自 覚超鈍感男のこと、ロクな答えは返って来ないだろうが、気長〜に外堀を埋めていくしかない地味な恋路だ。些細な刺激でも、折に触れ与えておいた方が良い。

 後を追って部屋を 覗くと、ルシ ファードがアリスを自分のベッドへ寝かしつけている所だった。恐らくテレパシーを使っているのだろう、横たえられた同胞に、目覚める気配はない。

 毛布を掛けてやっ て、一丁上が りとばかりに腰へ手を当てた彼の傍らへ立ち、数日前までその出現を予想すらできなかった同族の寝顔を眺めつつ、言葉を捜す。

「あの…ルシファー ド?」

「ん、何?」

 頭半分左を見下ろ す、この世の 生物に有り得るとは思えないほど、精緻に整った美貌。

 宇宙の深さをその まま映したよ うな黒い瞳。

「…わざわざあなた が部屋を空け なくとも、私と彼女で部屋を分け合っても良いと思うのですが…」

 あーそっか、そう だよな、と頷くか。はたまたレディ・ファーストが身に付いている彼のこと、うん、でもやっぱ女性には一部屋必要でしょ、と首を振るか。

 答えは、どちらで もなく。

 ルシファードは数 秒じっとサラ ディンの顔を見詰めた後で、ふぅ、と天を仰いだ。

「俺、言ったじゃ ん。3日 前、端末で」

 一瞬、何を言われ たか分からな い。記憶を検索している蓬莱人の様子を再び見下ろしたルシファードの口元に苦笑が浮かぶ。腰へ手を当てたまま、覗き込むように顔を近づけ、

「ドクターの、レッ ドに対する気 持ちが分かった、って。だから、さ」

 勘弁してよ、と少 し照れた風に肩をすくめる。

 蓬莱人は息を呑 み、驚愕に目を見開いた。かなりラブなシチュエーションだと言うのに、心構えがなかった所為で適切なリアクションが取れない。

「ああ、腹減った な。さ、飯にし ようぜドクター」

 戸惑っている内 に、思春期の精 神発達段階をクリアしたそろそろ28歳は、サラディンの肩を軽く叩き、部屋を出て行く。


 一人部屋に残され たもうすぐ228歳 の麗人は、握り拳を固め、苦しげに呟いた。

「――喰っちゃいた い…っ!」

 幸か不幸か、その 声が暢気な料 理人の耳へ届くことはなかった。


*いやもう何と申し上げてよいやら。ラブなのかラブでないの か。あ〜…ごめんなさい。

≪Illustrations Top
≪Stories Menu
≪Sect.4
BBS
Sect.6≫
Information≫
Entrance≫

素材頂きサイト様→miss!