の あ とさ き  -4-

(C)2007 AmanoUzume.
※禁;転載利用盗作再配布 等。
2007,9/23,Sun

 軽く触れるだけの積りだったのに。

 離れた唇をルシファードが追ってきた から、口付け は自然と深いものになった。

 相変わらず巧みなキスに酔わされなが ら、この感触 は自分だけのものではない、いい気になるな、という苦い思いが突如として脳裏に明滅する。

 彼がこんな風に触れるのは自分だけ、 と言い切れた なら良いのに。残念ながら、諜報科並みの情報収集力を誇るナース達によれば、カジャやニコラルーンは元より、上はアンリ・ラクロワから下はマコト・ミツガ シラに至るまで、この破天荒大尉は周囲の男どもを皆殺しにする勢いで、パーヘヴ読者が喜ぶ行為を繰り返しているらしい。

 思い出したら何だか腹が立った。隣室 に残してきた 同族のことも気になる。

 早々に甘い行為は切り上げるつもりで 身体を離そう としたが、腰の辺りに回された腕は、意外にがっちりとサラディンを拘束していた。

 外科医師は身悶えし、拳で相手の広い 胸を叩いて止 めようとするも、ルシファードは全く意に介さぬ様子で更に深く唇を合わせてくる。

「……っふ」

 息継ぎのタイミングを逃したサラディ ンの口から、 苦しげな呻きが漏れた。

 こうなったら舌に噛み付いてやろう か、と決意しか けたところで、不穏な気配を察したのか、漸く唇が離れた。でも、ほとんど離れたそのままの位置で、魅惑の低音が囁く。

「――自分から仕掛けておいて拒否しよ うとする、そ のココロは?」

 とろりと零れそうな甘さを含んだ声 に、蓬莱人の思 考も危うく麻痺しそうになった。

 しかし、そこは非常時ほど理性的な対 処を求められ る外科医師、しかも筋金入りの勤続40年。二十代の坊やになんぞ負けてなるものか()と、足腰に力を込めて踏み止まる。

「――隣室に客人を待たせておいて色事 に耽られるほ ど大胆ではない、ということでしょうか。続きは後でしてあげますから、私を放しなさい」

 清涼感のある艶やかな声が、いっそ小 気味良いほど 高飛車な物言いで。

「…ぷわっははは…」

 突然笑い出した男の心情を量りかね、 サラディンは ただ怪訝そうに目を瞬く。毎度毎度、ライラの米神揉み同様、その仕草がすっかり板についてしまった。

「……っは〜、やっぱドクター最高!」

 目尻に浮かんだ涙を拭い、しなやかな 硬さという相反する属性を併せ持つ身体 を抱き締めたまま、ルシファードは人知れず葛藤していた。

 ――はなしたくない。

 一体この想いは、何処から来るんだろ う。

 周囲やサラディンがどう思おうと、自 ら望んで“野 郎なんぞ”にキスをした覚えも積もりもない大尉は、唯一自発的に触れたくなる“野郎”の存在に、相変わらず混乱ぎみで。

 なまじ相手が夢幻のように美しいもの だから、その 魔物めいた容姿に惑わされているだけではないか、と単純に理解してしまいそうにもなり。

 間違っても自分が爆笑しながら読んで いる某雑誌で 非常に良く見られるパターン――「俺は男を好きなわけじゃない、好きになった相手がたまたま男だったんだ!」をそれは見事に踏襲しているのではないか、な ど という可能性には無意識下で目を背け。

 もし彼が女だったらと思わないでもな いけれど、よ しんばそうだったにせよ、物心ついて以来の夢――…子どもの夢としてはいささか渋すぎると断言できるであろうそれは、少々、いや大分、というより猛烈に特 殊な家庭で生まれ育った彼の、ある意味切実な願望が投影されている――父親と母親の双方に似た、男女6名のチビどもを提供可能な相手ではなく。

 だから、

 だから、“「ずっとず〜っと、一緒に いる」宣言” が万人に分かり易く具体的な形を取ることは、未だないけれど。

「……ルシファード?」

 焔色の瞳を持つ、腕の中の青い鳥。

 小さな籠へ閉じ込める積りなど毛頭な い。

 ただ、この先何処へ行こうと何があろ うと一緒にい て、彼を守る。たとえ星を砕いても。

 漸く眠りからさめた六枚翼の魔物は、 己の中で無よ り強烈な光を放ち存在する白い闇に、少しだけ目を凝らす。

 ――三千世界の鴉を殺し…

「サラディン、あのさぁ」

 アリスの登場によって、鉄のカーテン より強固なル シファードの絶対防御“小市民の夢”の端っこに、微かなひび割れが生じていると、本人が気付いたかどうか。

「はい、何でしょう?」

「サラディンの子どもって、やっぱあん たに似てるん だよなぁ…」

「――さあ?似ていないことはないと思 いますが、似 ても似つかぬ容姿であろうと、別に私は構いません」

「でも、あんたの血を半分受け継いでる ワケだよ なー、なんかスゴイな〜」

「仰る通りですが、別にだからどうと言 うことはない でしょう。全く別の個人ですし、まぁ生命の神秘を感じると言えば、確かにそうですけど…」

「サラディン、パパになるんだなぁ…」

「――それは嫌がらせですか?ルシ ファード」

 子ども嫌いを自認して憚らない医師 は、どこか間の 抜けた表情でハズれた言葉を重ねる相手に刺のある視線を送る。

「違うよ。単に羨ましいだけ。…いい なぁ〜…俺も 子ども、欲しいなー…」

 ルシファードの頭の中では、未だ見ぬ 妻と六人の子 どもがのっぺらぼうの顔で楽しげに(?)団欒している。そのおぼろげな輪郭が、ゆっくりと、次第次第に目の前の美人に似た美少女美少年の面影へと変化しつつ、明確な像を結 んだ。

 青緑の髪を長く伸ばした少女と、短髪 を奔放にはね させた生意気そうな少年。

 夢幻のように美しい二人の並んだ姿 が、まるで1,800万画素のデジカメでプロのカメラ マンが撮った肖像写真のようにくっきりと、ルシファードの脳裏へ映る。

 同時に、“雷に打たれたような”と形 容するに相応 しい衝撃が天然ボケ大尉の脊椎を走った。

「……ルシファード?――今度は一体、 何事ですか」

 またまた電池の切れたロボットのよう に動きを止め、他人には計り知れない思考を廻らせているらしい男に、腕の中から抜け出したサラディンは、呆れながら声をかけた。

「なぁドクター……その、ベビーが双子 だったりする 可能性ってアリ?」

「可能性として、ないことはない…と思 いますが―― 何故です?」

 黒い瞳をゆうぅるりと一回転させ、何 事か考えあぐね ている様子に、医師の胸には得体の知れない不安が頭をもたげる。ルシファードはやがて、意を決したようにサラディンへ向き直った。

「あのさ、すっげー非常識な頼みなのは 分かってンだ けど、もしもそうだった場合、一人俺が貰うってワケにはいかないかなぁ」

「――は?」

「俺もサラディンの子ども欲しい!」

 

 

 目が点、というのは正しくこういう状 態を表現する のだ、と空白になった思考の中で外科医は思った。

 

 

「……あのぅ――ドクター?…えぇと、 大丈夫です かー?」

 文字通り“固まって”しまった蓬莱人 に、黒髪の大 尉が恐る恐る声をかける。しかし琥珀色の視線は微動だにせず、サラディンが正気を取り戻すには、それからたっぷり二十秒ほどを要した。

「――ごめん。やっぱ非常識…だったよ な。申し訳な い、ドクター」

 300光年ほどズレたポイントで合点して心 からすまなそうに言うルシファードに、蓬莱人は首を振る。

「いいえ。私が硬直したのは、申し出の 内容ではな く、その台詞にですよ、ルシファード。やはりあなたは全てにおいて私の想像を越えています。……分かりました。アリスと相談してみましょう」

「まじっ?うわ、すげぇ!サンキュー、 ドクター!」

 本気で喜んでいるらしい大尉の様子 に、元来子ども 好きではない外科医の頭上には、巨大な疑問符が浮かんでいた。



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