の あ とさ き  -3-

(C)2007 AmanoUzume.
※禁;転載利用盗作再配布 等。
2007,9/2,Sun

「いらっしゃい。早 かったです ね」

「面倒な荷物なん て、殆どありま せんもの。着の身着のままです」

「不本意ながら、状 況は良く分か ります。…本当にお疲れ様でしたね。ここは安全です。どうかゆっくり寛いで下さい」

 リビングへ入って 来た相手は、 未だ立ち尽くしているルシファードを見てにこりと笑った。サラディンと同じ真珠色の肌。人形のように整った容姿。儚さとはかけ離れた強烈な存在感を放ちな がら、見る者を恍惚の境地へと誘う、えも言われぬ夢幻の如き燐光を身に纏っている。

 アリス・ヴァン カート。

 彼女は旅行用の キャリー・バッ クとスーツケースを床へ置き、後から戻って来た外科医と黒髪の大尉を交互に見比べた。

「――喧嘩でもな さってたの?」

 言われた二人の視 線が下がる。 片やシャツの胸元を鮮血に濡らし、もう一方は、白魚のような手を同じく真紅に染めている。

 それはそれは壮絶 な修羅場を想 像するに難くない、中々もの凄まじい状況だと、端から常軌を逸している二人はのんびりと気付く。

「ああ、これは―― いいえ。むし ろ少々仲良くし過ぎてしまって」

 サラディンはルシ ファードの視 線を捕らえ、意味ありげににっこりと笑った。

「そう……仲の良い お二人のお邪 魔をするのは気が引けますね。本当に今日からこちらでお世話になってよろしいのかしら?」

 ――今日からお世 話…て?

「ドクター?!

「ああ、アリス。実 はまだ、彼に は話していないんです。ちょっと…取り込んでいまして」

 アリスは驚いたよ うに口元へ手 を当て、黒いコンタクトを嵌めた目で、今度は少し気まずそうにルシファードを見やる。

「――ごめんなさ い」

「貴女のせいではあ りませんか ら、どうか気になさらず。…彼と、少し話をして来て良いですか?自由に寛いで頂いて構いませんから」

 頷く彼女から動い た視線が、ル シファードを隣室へと促す。二人を通したドアが閉まると、センサーが人の気配を察して薄暗くなった室内に灯を点した。

 塒へと帰る鳥の声 が遠く聞こえ る、静寂。

「――怒っているの ですか?」

 無表情に見詰めて くる相手の日 蝕眼を、サラディンも怖じけることなく真正面から弾き返す。内に焔を秘めた、琥珀色の双眸で。

 ルシファードは仮 面のような無 表情のまま、ゆっくりと首を横へ振った。

「…話を聞いてな かったのは、俺 が勝手にバックれてた所為だろ?ドクター、具合悪かったんだし…あんたの所為じゃねぇよ。だから怒っちゃいない、ケド――」

 ルシファードは考 え込む。

 胸の中には確かに 今、“結構不 愉快”(サラディンのおかげで、かなりその存在に慣れてきた感情)な 気分が存在する。しかしそれは彼に対する怒りとか不満ではなく、先日感じたような、アリスへの嫉妬…とも違うようだ。喩えて言うなら…。

 軍の武器庫ン中 に、一振りだけ 超古代風の剣を見つけちゃった感じ?…いいや、パソコンの中に、害はないけど使途不明のプログラムが侵入してきた感じ?んん〜…フィギュア並べてて、一つ だけ違うメーカーの、全く違うジャンルの人形が紛れ込んじゃってる感じ?いや、何か違うな……。

 次の瞬間、突如と して閃いた光 景に、ルシファードは思わず破願した。

 ――牛と豚ゴリラ と羊と牧羊犬 の群れン中に、希少な野生の獣が紛れ込んできた感じ。コレだ!!

 家畜共を蹴り倒し ては喜ばれて いる羊飼いは、いきなり現れて、この上なく大切に育てているラシュガナークと仲良くしている彼女を、どうしてよいか扱いかねていた訳である。

 ――あ〜スッキリ した。…ん?

 気付けば、サラ ディンが少し拗 ねたような表情で自分を見上げていた。

「…一体何を一人で ニコニコと合 点しているのですか、ルシファード」

 質問と言うよりは 詰問に近い口 調に、異常な美貌と身体能力を持ち合わせたインドア派オタク将校は少し焦る――こともなく、微笑みを深くした。

「いや、どのフォル ダに振り分け ていいか分かんなくって」

「――はい?」

「だからさ、彼女、 まだ会った ばっかだけど、サラディンのパートナーになるってことは、つまり俺の懐深くに入り込んで来るわけだし、やっぱ蓬莱人だけあって存在感強烈だし、俺としては どう相対すりゃいいか困った、みたいな?」

 語尾をオチャメな 感じにまとめ て人差し指を立てる大尉に、蓬莱人は目を眇める。

「表情から察する に、その辺りの 迷いは吹っ切れた…わけですね?宜しければ、あなたがどう結論付けたのか聞かせて頂けませんか」

「その前にドク ター、質問」

 二人の顔の間に指 を立てたま ま、ルシファードの目つきが真剣なものに変わった。

「アリスのお腹ン中 には、もうサ ラディンJr.がいるワケ?」

 唐突な問いにサラ ディンは目を 見開き、戸惑いつつ答えた。

「…はい、ええ…お そらく」

 脳や頚椎を破壊さ れない限り死 ぬことのない蓬莱人は、その驚異的な生命力の代償か、繁殖力は非常に弱い。一方で、その数少ない繁殖の機会を決して逃さない自然の機能も備わっていた。そ れが、“伴侶”を作る際にも使われる“管牙”。

 同族の管牙を突き 立てられるこ とによって、普段セクスレスに近い雌雄それぞれの身体は初めてその機能を発揮し、同時に子孫を確実に残すことが出来る。

「そっか、うん。… 分かった」

 おもむろに出され た質問の意図 が掴めず、外科医の困惑は深くなる。

「また、一人で合点 して。一体何 なのですか。説明して下さい、ルシファード」

 サラディンが軽く 握った拳で広 い胸を叩くと、ルシファードはその手を捕って鼻先が触れ合うほど間近へ顔を寄せ、笑った。

 暗黒の太陽。

 普段は平気な外科 医も、強烈な 想いを秘めたその美貌に一瞬、魂を抜かれた。

 深い夜を思わせる 穏やかな低音 が静かに囁く。


「サラディンは、俺 が守る。あん たの子どもも、子どもの母親も、俺が守る」


 まるで、神聖な誓 いのように。


「――サラディ ン?」

 胸が痛い。感動が 過ぎて、涙も 出ない。言葉も、声も。

 だから。

 瞼を伏せ、唇を重 ねた。

 


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