の あ とさ き  -14-

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2007,12/23,Sun

 

 ゆったりと長い足 を組んで椅子 に座り、本の頁を繰っている男の姿をためつ眇めつしたサラディンは、一呼吸して口を開いた。

「一級礼装にスク リーングラスと いうのは、余りに不釣合いではないですか?」

「本番までは別に いーじゃん? じゃねぇと、俺が移動するだけであちこち迷惑すっから」

 書面から顔も上げ ずに答えた彼 の声は、少々不機嫌そうですらあって、間違っても今日人生の節目となるべき重大な式典を迎える当事者のものとは思われない。手にした書籍が愛読している例 のあれ≠ナないだけ、時と場所を弁えていると言うべきか。

「あと本番まで一時 間もありませ んよ?」

 ルシファードはい かにも面倒臭 そうに右手を振り、口を開きかけたが、ふと何かに気付いたように顔を上げた。サラディンの方をじっと見据える。

「――何ですか?」

「サラディンが外 せっつーなら、 別にいいケド」

 真顔で言われ、蓬 莱人の外科医 は少し面食らう。

「ええ――そうです ね。一級礼装 のあなたの姿を堪能したい…という気持ちはあります」

 滅多にお目にかか れるものでは ありませんから、と微笑む相手に、唇の端をちらりと笑ませた『英雄』は本を置き、立ち上がる。

「…了解。さぁ、ど うぞご堪能下 さい」

 黒眼鏡を外して露 わになった日 蝕眼が、ブラックホールさながらの吸引力で、蓬莱人の視線を絡め捕る。襟や袖口に金糸で華麗な刺繍の施された銀河連邦宇宙軍士官一級礼装は、奇蹟のような 彼の容姿に一層華を添えている。

 男の周囲をゆっく り回ってその 姿を堪能したサラディンは、元の位置へ戻ると感に堪えないといった様子で溜息を吐いた。

「――全く、樹脂で 固めて主任室 の保管庫に飾っておきたいほどの美しさですねぇ…」

 ぶっ、とルシ ファードが吹き出 した。最上級の賛辞を笑われた外科医は気色ばむ。違う違う、と左手を振りながら、何とか笑いを収めた英雄は浮かんだ涙を拭った。

「すっげー褒め言葉 なのは分かっ てるよ。ただ、あんまりあんたらしくてユニークだったからつい、さ。…それよりサラディンの方こそ、その二級礼装、よく似合ってンじゃん?俺にも堪能 させてよ」

 あまりデザインが 気に入らない のか、「そうですか?」と首を傾げたサラディンは自分の姿を見下ろす。決まり悪げな彼の周りを、同様にゆっくりと回り始めたルシファードは、正面へ戻ると 身を屈めて軽く唇を重ね、すぐに離れた。

 サラディンは琥珀 色の瞳をまた たき、やがて憮然とした表情になる。

「控え室で花婿が花 嫁の兄に対し てそーゆう不埒な真似をするわけですか」

「ええ、しますと も。ハイ。…考 えてみたらこうして二人でいられんの久し振りだし、本なんか読んでる場合じゃなかったな」

 少し伸びた青緑の 髪へ指を絡め られ、温かな眼差しに見下ろされて返す言葉をなくしたサラディンは、紅くなる頬を誤魔化そうと視線を外す。

「そういえば、一体 何を熱心に読 んでいたのですか?」

「ブライダル雑誌 〜。…招待状の 送り方から披露宴の席順の決め方、引き出物の内容、お礼状の書き方までこれ一冊で準備から後始末まで全てオッケー。…ライラが『実戦演習のマニュアルだと 思って目を通しておきなさい!』とさ」

 今度はサラディン が小さく吹き 出す。

「後始末≠ニは普 通言いません よ、ルシファード。…ライラの有能さには、今回も惚れ惚れいたしました」

「全くだ。俺もまさ か、帰って来 たら準備万端整ってて、『さぁここにサインを頂戴』って婚姻届渡されるとは思ってもみなかったぜ」

 呆れたように天を 仰ぐ。

 突然の逃避行から 戻って一ヶ 月。

 そんなわけで、 帰ってからの日 々はてんやわんやに過ぎた。

 他に比類なき有能 さを誇るルシ ファード・オスカーシュタインの副官殿は、なんと、出奔した二名+追跡者一名をまとめて「サラディンの母星へ結婚の許可を貰いに行った」ことにしてしまう という荒業をやってのけた。

 青天の霹靂の如く 降って湧いた 婚約者に、侃々諤々喧々囂々戦々恐々となった周囲の人々も、サラディン・アラムートの妹という情報を聞くと押し黙る。毎度ながら強力無比な抑止力に、噂を 流した当事者のライラでさえ驚かされた。

 そうしてアリスの 存在は、男女 の別なく巨大な失望と共に迎えられ、ルシファード達が戻る頃には、妙に脱力したような空気が関係者の間に漂っていた。

 

 ルシファードがふ いに頭痛を抑 えるような仕草をする。

「…どうしまし た?」

「キター…」

「はい?」

「親父達が。――あ あ、来なくて いいのに〜っ!」

 煩悶するルシ ファードに、蓬莱 人は爽やかな笑顔を見せた。

「一人息子の晴れ舞 台にご両親が 揃わなくてどうします。さぁ、お出迎えしましょう」

「いらねぇよ。どー せこっちまで 来るんだ。…くっそー、あの二人の為に情報部まで参加して特殊な警戒態勢とらされたんだ。プレゼントだけは何としても遠慮させてもらう!」

 部外者には完全な 意味不明であ ろう台詞を宇宙軍の英雄が口走っていると、奥へ続く扉が開いて件の副官が顔を出した。

「ドクター・アラ ムート。花嫁の 支度が整いましたわ。お会いになります?」

「あ、ええ、はい」

「俺はー?」

「あなたは後でいい でしょ」

「さべつー」

 子どもじみた抗議 をする男に、 黒豹系副官はこの上なく冷たい視線を投げる。

「分かったわ。見た ければさっさ と入りなさい。ただし!触っちゃダメよ。言動には気を付けること」

「式の前に俺が花嫁 に対して何す るってンだよ?」

 厳しく言い渡され た内容に納得 がいかないのか、超絶美形は口を尖らす。彼を置いてさっさと花嫁の控え室に入ったサラディンは、白いドレスをまとう妹≠フ姿に息を呑んだ。

「――二百二十年余 り生きてきま したが、これほど美しい花嫁姿は初めて見ます。アリス、とても……綺麗ですよ」

 白いベールの下で 花嫁が微笑 む。サラディン・アラムートと同じ縦長の瞳孔を持つ琥珀の瞳を僅かに伏せ、胸元で鈍く輝く古びた銀のロケットを、白い指先がそっと握った。

 夢幻の精霊のよう な美しさ。

 無言でその姿を眺 めていたルシ ファードは、傍らの蓬莱人を見下ろしてまじまじ見つめ、幾度かそうして交互に見比べていたが、やがておもむろに口を開く。――が、その唇から声が発せられ る前に、サラディンの拳が空を切り、2メートル近い長身を殴り飛ばした。

 背後の扉へ強か背 を打ちつけた 花婿は頬を押さえ、目をぱちくりさせて驚いている。

「――すみません。 何かトンでも ない事を言い出しそうな気がしたものですから、つい」

 にっこり微笑むそ の顔の清雅な こと。

「ええ、ドクターの ご判断は間 違っていないと存じますわ。私も今、とてつもなく嫌な予感がした所ですの。未然に防げて何よりです。…大尉の顔には自動修復機能が備えられていますから、 どうかご心配なく」

「……いきなり、ひ でぇよドク ター」

 漸く衝撃から我へ 帰った宇宙軍 将校は、途方に暮れた表情で外科医へ哀訴する。副官の鉄拳制裁には慣れているので、最早言うことはない。

 サラディンは座り 込んだままの 彼の前に膝を着き、顔を近づけた。

「それでは、何を言 おうとしたの か耳打ちなさい。私の判断が間違っていたら、幾らでもお詫び申し上げましょう」

 青緑のまっすぐな 髪を指でつい と掻き上げて耳を露わにする。両手で囲いを作ってその耳へ口を寄せたルシファードは、何事か囁いた。

 蓬莱人の柳眉がぴ くりと振れ る。

「…やはり、結果は 変わりません でしたねぇ…ま、もし言っていたらライラの制裁も加わっていたでしょうから、二分の一で済んだと感謝なさい」

 氷のような笑みを 深くして立ち 上がった彼の言葉に、自己の非常識さに自覚のある男は、どうやらその通りだったらしいと所在なげに頭を掻いた。殴られた頬はもう回復している。

 背を向けたサラ ディンは表向き 怒っていたが、内心とても――嬉しかった。

 

 ――初めて会った 時のあんたみてーに、すげーキレーだとは思うケドさ、この間俺をボコろうとした、あん時のサラディンの方が、もっとキレーだと思ったんだ。ほら、白い服着 てたし。

 

 本当にいつもいつ もコイツは、 子どものような素直さが、腹立たしいくらいに。

 

 一年前より、一月 前より、一週 間前より、昨日より、一時間前より、今が――より魅力的に見える。その理由を、普通の人なら間違えようがないのだけれど。

 

 立ち直ったルシ ファードが礼装 を整えていると、再び狭い部屋にノックが響く。

 招待客の来訪を告 げる声を聞 き、奇蹟の美貌が思い切りファンキーに歪む。

 サラディンは笑い ながら、数世 紀の時を経て巡り会えた血族――そしてこれから本当の家族となるひとに腕を差し出す。その兄≠ニ同じく、数多の苦難を乗り越えて来た彼女の細い指が、軍 服の肘 に絡められる。

 踏み出す一歩の先 には、また新 しい日々。

 

 予想などつかな い。でも、怖く はない。何も――愛する人といられるならば。

≪了≫

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