の あ とさ き  -12-

(C)2007 AmanoUzume.
※禁;転載利用盗作再配布 等。
2007,12/4,Thu

 

 かたりとバスルー ムの開く音が してそちらへ視線を向けたルシファードは呆け、続いてたじろいだ。

 ――サラディン。

 そこには零れんば かり咲き誇 り、むせ返るほどの芳香を放つ青い薔薇が、人の形をして佇んでいる。

 “蓬莱人”全開。

 それも今まであっ たように誘惑 の為にとかスゴむ為に意識して、ではなく、何と言うか…完全に解き放たれているという感じ。完璧に油断して、微塵の警戒心も、些かの遠慮もなく、開け放 たれている。

 冷えた身体を温か な湯で解かし た彼は、ほんのり上気した真珠の肌に白いバスローブを軽く羽織り――ルシファードの顔を見て、薄めの唇にうっすらと笑みを刷いた。

 今の彼から目を逸 らせる人間 は、きっといない。初めて出逢った時のように、幻を見ているかのような心地になる。開かれた彼の気配は、色っぽいとか艶やかであるとかを最早通り越して、 不思議な淫らさすら感じられた。

 ……今、ココにワ ルターが居た ら、ショック死してンな〜、きっと。

 鳥肌立てて気圧さ れている自分 をどこか客観視しながら、ルシファードも笑みを返す。

「大丈夫か、サラ ディン」

「…ええ」

「ナンか、飯でも食 う?」

「はい。ちょうど、 お腹が空いた なぁと感じていた所でした。――何がありますか?」

「ルームサービスだ と……こんなところだな」

 備え付けの端末画 面へメニューを呼び出したルシファードは、いつもながら無表情に、かなり焦っていた。画面を覗く為に近付いて来るサラディンとの距離に比例して心拍数が上 がっていく。 妙に喉と唇の渇く感じ。

 戦闘行為と移動時 間のおかげで大分削がれてはいたものの、『抱き締めて〜云々』の衝動は未だ胸の内に燻り、体温の高い状態は続いていた。そこへこんな全身しっとり濡れたよ うなサラディンに接近されたら――

 写真付きのメ ニューを眺め、しばし考えていたサラディンは、小さく肯いて振り返った。

「……そうですね、 オムライスセットにしてみます。美味しいでしょうか?」

「さあ――喰ってみ りゃ分かるって」

「ミハイルは何処で すか?彼も――」

「それ嫌だから、サ ラディン」

 考えるより先に口 が動いていた。思い切り表情の渋くなるのが自分でも分かる。

「俺、アイツ嫌い。 “あんたを挟 んで撃ち合い”なんぞさせたくなけりゃ、放っておいて。アイツもそれ分かってるから。他んトコに居る」

 サラディンを抱え て移動中、ミハイルとルシファードは表向き、ほとんど必要最小限の会話しか交わさなかった。けれど水面下では激しく火花を散らし、ミハイルはカーマイン基 地一の罵倒語ボキャブラリーを誇る大尉と同等までは行かずとも、普段の丁寧な物腰にそぐわない豊かな()悪 口雑言で応酬し、ルシファードを感心させた。

 しかし何より苛立 たしく感じら れたのは、彼がはっきりとした恋愛感情をサラディンに対して抱いている、ということだった。恋愛感情の理解できないルシファードにはそれが、答えが出ない はずの数式を解かされ、しかも目の前で他人が解いて先生に頭を撫でられているのを横目で見ているかの如くもどかしい。

 しかもその優等生 は、『先生が 一番好きなのは君なのだから』と場所を譲ってさえ見せるのだ。本当に相手を想っているのが分かるから――余計ムカつく。

 サラディンがルシ ファードを捨てて彼を一番にする、と言うなら遠慮なくブチ殺せるのだが、訊いてみるとそうではないし、恋愛にまつわるモロモロというのは奇々怪々で全く理 解できない…というのが、銀河連邦軍英雄の偽らざる実感だった。

 手早くキーを叩い て注文を済ませたルシファードは、振り向いた姿勢のままじっと見つめている琥珀色の瞳に気付く。

「何?」

「いいえ、別に…そ う、以前にも 申し上げましたが、私と二人の時はスクリーングラスを外して頂けませんか?」

 度重なる指摘事項 に肩をすくめ たルシファードは、あっさり外したそれをテーブルへ置いた。

「これで宜しいです か?ドク ター」

「結構です」

「丁度いいや。ン じゃ、料理が来 るまでに俺も風呂入っておくかなー」

 洗面所へ向かいか けたルシ ファードの耳に、くす、と微かな笑い声が届く。何てことはない声の筈なのに、心臓が強く反応した。

「…何でしょうか、 ドクター」

 恐る恐る戻した視 線の先で、妖 花が笑っている。

「いいえ、別に?… ただ、新婚初 夜の手順のようで可笑しいなと思ったものですから」

 ルシファードの表 情が消えた。

 

 数分に渡る長い沈 黙。どうした のかとサラディンが訊く寸前、彼は口を開いた。

「ドクター。俺、あ んたの気持ちに対して、同じってはっきり答えられないのに、うっかり抱いちまうくらいなら、死んだ方がマシ」

 黒い瞳の中で、金 の輪がきらき ら光る。

「あんたにだけは、 フザケタこと したくない。……言うとヤバイから言わなかったけど、俺、あんたに追い詰められたらヤれると思うよ?たぶん。――最高綺麗だし、色っぽいし、大好きだし、 興味あるから。んでもそっちの感覚に溺れちまって、恋愛とかどうとか今も分かんねーのにもぉぐっちゃぐちゃになって、一生分かんなくなりそう。だから…」

「――だから?」

 無意識に左手を胸 へ当て、サラディンは続きを促す。

「キスしていい?」

「…話の脈絡がおか しいですよ、 ルシファード。そこは普通、“ハッキリするまであんたに手を出さねぇ”とかって続く所じゃないですか?」

「えっ、そう?」

 意外そうに問い返 され、蓬莱人 は胸に当てていた手を額へ移した。

「……ここにライラ かあなたのお 母様がいらしたら、通訳して頂けるのでしょうけれど…てんで理解できません。説明なさい」

「ええとー、そもそ も俺が、キス していい?って訊いたら、『勝てば考えてあげます』ってコトだったろ?…で、勝ったわけなんだけど、今サラディンめちゃくちゃ色っぽいから、このままやっ ちまうとすんげーヤバイかもって思って。もちろん××したりは絶対しねーつもりだけど、サラディンの方から誘惑されるとちっと保証できないし。それを踏ま えて考えて欲しいってコト」

 …ルシファードが 真剣なのは分 かる。一生懸命説明しているのも分かる、が。

「――つまり?」

「んっとー」

 苦悶の表情で天井 を仰ぎ、黒髪 の大尉は言葉を探す。

「今俺を誘惑した ら、深淵に落っ こちてドロドロのデレデレになる可能性大。でも、あんたに恋しているかどうか一生分からないままになっちまうかもしれないから〜」

 サラディンも、相 手の言葉を ゆっくり咀嚼して考える。

「…その、理性で処 理できない “ドロドロデレデレ”な状態こそ、恋愛している状態だと言えなくはないですか?」

 一拍おいて。

「えええええ ――――っ!!そう なの?!」

 某マンガの出っ歯 キャラのよう な姿勢で驚く超絶美形。

「そういう気がしま すけど…あな たの場合はどうなのか、断言はできませんが…」

 何しろ常人の秤で 量れない男な のだし、そういう彼だからこそ私は恋をしたのだ。

「でも落っこちてみ て、『やっぱ 違いました』ってワケにはいかねーだろ?」

「ええ、そうです ね……分かりま した。妙な誘惑はしませんから、ご安心なさい。けれど、もしあなたが自らの意思で私を欲しいと思ったなら、どうか我慢せずに」

 文字通りまばゆい 笑顔で両手を 広げられたルシファードは、引きつった笑みを浮かべる。

「はははー、そんな 優しく勧めら れても緊張しますですドクター」

 棒読みしながらバ スローブの肩 へ手をかけ、引き寄せる。ひと回りだけ自分より小柄な身体は、まるでその状態こそ自然であるかのように、すっぽりと胸の中へ収まった。

 サラディンも想い 人の広い背中 に腕を回し、黒いシャツを軽く掴む。

 どちらからともな く、溜息が洩 れた。

 琥珀の瞳が上を向 き、金環蝕が 見下ろす。

 唇が重なる。最初 は確かめるよ うに軽く。少しずつ深く。

 

 千代の誓いを交わ すように。

 


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