の あ とさ き  -11-

(C)2007 AmanoUzume.
※禁;転載利用盗作再配布 等。
2007,11/30,Fri


 ルシファードの右 手が上がる。

「はい、ドクター。 質問がありま す」

「何ですか?ルシ ファード」

「勝敗判定の方法 は?どうすりゃ “勝ち”なワケ?」

「――戦闘不能状態 で10カ ウント。意識不明の場合も同様です」

 翳された手が人 差し指を立て る。

「も、一つ質問。念 動力使用不可 は分かるんだけど、髪も使っちゃダメ?」

「無論です。あなた も男なら、身 一つで勝負なさい」

「っても、俺の脳味 噌には“あん たを守る”が最優先事項として入力されてる。これって超不利じゃねぇ?」

 ルシファードは人 差し指をその ままこめかみへ当て、肩をすくめた。

「…そんな生温いこ と 言っている と、死にますよ?私もその積りでやりますから、あなたも存分に力を発揮なさい。――宜しいですか?」

「ちょ、タイム。 ――とにかくあ んたに勝たねぇと、俺は一緒に居られねぇんだな?」

 今度は左手を掲げ て確認。

「そういうことで す…理解しまし たか?」

「――ああ。じゃ、 その前に場所 を変えさせてくれ。気付いてるかもしんねーけど、あんたと戦いながらここの酸素と気温を維持すんのは、ちょい無理そうだから。…手、貸して」

 サラディンは、差 し出された掌 の意味を察し、躊躇いつつ手を重ねる。ふわ、と身体の浮く感じがして、思わず閉じてしまった瞼を開くともう、ルシファードが穴を穿った氷の大地へ戻って来 ていた。相変わらず非常識なパワーだ。

 掴まれた手を素早 く振り解き、 周囲を見回した蓬莱人の目に、氷原を駆けて来る青年の姿が入る。

「サラディン!」

「ミーシャ!」

「無事で良かっ た!」

 駆け寄った声が重 なり、二人は 優しい微苦笑を交わす。

「それで、どうなり ました?…彼 との話合いは」

 一見無表情に蓬莱 人と青年のや り取りを眺めている黄金色の両眼を見据えながら、ミハイルが問うた。

「ええ…まぁ、結論 から端的に申 し上げますと、男らしく拳で話をつけることになりました」

 サラディンは優雅 に微笑み、告 げる。

「実にはっきりした 方法でいいと 思いますが――あなたが勝ったら、俺との旅行は継続?」

「はい」

「それじゃ、全身全 霊で応援させ て貰います。…どうせ助っ人は禁止なんでしょ?」

「ご明察――手出し は一切無用で す。これ、お預けしておきますね」

 サラディンは脱い だ コートをミハイルの腕へ預け、軽く背を伸ばして、想い人とよく似た形の良い唇に己のそれを重ねた。ミハイルは突然の行為に一瞬驚いた風だったが、すぐに 応じる。

「――応援して下さ い、ミー シャ。よくよくお願いします…私には、“勝っても大丈夫”と思えることが必要です」

 短いキスの後、 しっかりした肩 へ額を当てて、サラディンはどこか縋るように囁く。

「分かってます、サ ラディン。… 大丈夫ですよ――絶対に」

 ほんの数秒、恋し い人の身体を 力強く抱き締めたミハイルは、白い衣に包まれた背中を励ますように軽く叩いた。

「ファイト、サラ ディン。行って らっしゃい。待っていますから」

 そして、青緑の髪 の向こうに見 える漆黒の影へ目を遣る。

『――今すぐ俺を殺 したいか、ル シファード。怒るほど無表情になるなんて、大概損な性質だな、あんたも』

『…その小汚ねー 手ェ離しやがれ クソッ垂れ。お前に利用価値がなきゃ疾うに殺してる』

『クソッ垂れはお前 の方だこの唐 変木。“俺の大事なサラディンを”どれだけ悲しませりゃ気が済むんだ?ヘナチョコ腰抜け野郎が。――ご希望通り半径100m でシールド張ってやるから、この場所は電波からも人間からも不可視だ。遠慮なく倒されっちまえ』

『…ンだと?コノ ――』

 サラディンがミハ イルから身体 を離し、ルシファードの方へ進み出て身構えるまでの僅かな間、血の近い超能力者同士は人知れず罵詈雑言を投げ合っていた。

「――では、参りま す。宜しいで すね?」

「戦う前に一言、言 わせてくれ」

「今度は何です か?」

 度重なる茶々に気 を削がれた蓬 莱人は肩を落とす。

「その服、ドクター に似合ってて すんげぇ綺麗だ。――以上。じゃ、始めましょうか」

 見開かれたサ ラディンの猫 目が、すっと眇められる。

「全くあなたという 人は……今日 という今日は、遠慮なく叩きのめさせて頂きます!」

 

 軽く身を沈めたサ ラディンの姿 が、視界から消えた。ほとんど本能と反射神経だけでその場から飛び退いたルシファードの胸があったはずの空間を、左肘が薙ぐ。旋風のように身体を半回転さ せ、今度は右の踵が半秒前までルシファードの頭のあった場所を切り裂いた。

 蓬莱人の筋肉はほ とんど予備動 作なく、生まれながらの戦士と呼ばれる六芒人を遥かに凌駕する力を発揮できる。スタミナも、果たして尽きる事があるかと思われるほど桁違いだ。加えて、長 年外科医をしてきたサラディンの集中力と動きの正確さは、わざわざ言うまでもない。

 大変不利な状況 だった。けれ ど、負けるわけには行かない。絶対に。

 相手の有利を多少 差し引いてく れるのは、ルシファードが地球人とは比較にならない身体能力を持つ先ラフェール人であり、日々訓練を欠かさない実戦経験豊かな職業軍人だということ。それ から、一手先の動きを読む事のできる能力を持っているという点と――サラディンの服装が、戦い難そうな美しく優雅な長衣だということと、あと一つ位だっ た。

 右側の太腿まで深 いスリットの 開いた服は踝近くまで長さがあり、ゆっくりと夜を溶かし始めた薄暮の光に、氷原と同じ純白が、燐光を放つかの如く映えている。

 繰り出された右腕 を受け流しつ つ脇へ巻き込み、続いて蹴り上げようとした右膝を掬い上げてバランスを崩させようとする。が、すかさず閃いた左の手刀を避けるため首を仰け反らせたところ で、驚異的にバランスを取り直したサラディンの右足が炸裂した。

 思い切り腹を蹴り 飛ばされ、氷 原を10m近く吹っ飛ぶ。途中回転し着地の時には体勢を取り直していたが、込み上げる吐き気に唾を吐いた。

 

――うわー、やっぱ サラディンっ てば、超カッコイー…。

 

 と思う正真正銘の 馬鹿が一人。

 蹴り上げた足を優 雅な動きで元 の位置へ戻したサラディンは、青緑色の柳眉をそびやかせる。

「私は、殺す積りで 来いと言った 筈です、ルシファード。その程度の想いで、私を捕まえられると思うのですか?…情けない」

 左手を伸ばし挑発 姿勢を取った 蓬莱人は、白刃のような微笑を浮かべた。

「――舐めるなよ、 坊や」

 ルシファードは破 顔する。

「…サイコー、ドク ター。また惚 れ直した」

 言う間に、左背後 へ回り込んだ サラディンの肘打ちを避け、続いて鳩尾を狙い繰り出された掌を流して手首を掴み、引きながら身体を掬い上げて背負い投げ。一本決まるかと思いきや、蓬莱人 は右腕が脱けるのも構わず空中で身体を捻り、着地して逆にルシファードを押し退け、飛び下がった。

 銀河系で一二を争 う美貌(※ル シファードビジョン)をしかめながら、一振りで腕を治す。隙を逃さず、銀河連邦軍将校は彼の懐へ飛び込んでいる。急所を狙った張り手を避け、襟元を狙う手 刀を沈み込んで避けた――直後、鋭い痛みがサラディンの顔面を襲った。

 

 反射的に顔を覆っ たサラディン の周囲、遥か見渡す限り白い大地を、黄金色の光が染めていく。

 

 両眼を針に刺され るような痛 み。攻撃を受けたわけでない。ルシファードの指先が、すっかりその存在を忘れていた眼鏡を引っ掛け、跳ね飛ばしたのだ。

 顔を庇った両手が 捉えられ、背 後へ捻り上げられる。そのまま身体ごと凍った地面へ押し倒されたサラディンは、短い悲鳴を上げた。

 身動きが取れな い。押さえ込ま れている。――このままではッ!!

 固く閉じた瞼の裏 で、蓬莱人の 瞳が真紅に染まった。毒蛇のような管牙が伸び、抱き込む形で押さえつけている相手の肩でも何処へでも噛み付いてしまえば、この拘束から逃れられる――

「いいよ、噛んで も。ドクター」

 

 およそ感情や感傷 というものを 一切排した、静かな声だった。

 

 ダイヤモンド・ダ ストを含んだ 氷風が、真珠色の頬をなぶる。

「相手があんたな ら、俺は別に構 わない」

 

 

 

――ねぇ、綾 香。

 三味線の音が してい る。柔らかな 膝枕から視線を上げると、記憶の中の恋人が優しく笑った。

私と一緒に、永 遠を 生きたいと思 いますか?

 少し驚いた風 に瞳を 張って、細い 首を傾げた彼女は、曰く言いがたい微笑をその頬へ滲ませる。

――あなたと一 緒に 永遠を旅でき れば、どれほど楽しいでしょうね。でも、きっと私のこころはそんなに強靭くない。路の途中で死を望んでしまうかも知れないわ。そうなれば、生きていても地 獄…。限られた命をこうしてあなたと過ごしている今がどんなに幸せか、分かっている?

 細面の顔に指 を触 れ、サラディン も微笑を返す。

――私もあなた と生 きられて幸せ です、綾香。あなたがいなくなったら、どうしていいか分からない…。

 綾香は、一見 すると 黒く見える深 い藍色の瞳に愛と哀を浮かべ、想い人の髪を優しく梳いた。

――寂しがり屋 さ ん。サラ、あな た、魂の存在を信じる?

 科学者である 医師は 懐疑に肩をす くめた。

私はね、信じて いる の。心でも身 体でもない私の何かがあなたに溶けて、一緒に永遠を旅する…。そんな風に思うのは、馬鹿げているかしら?

 サラディンは 青緑の 髪を散らして 首を振った。

とんでもない。 で も、私は――

それからね、も う一 つ。

 綾香は唇の前 に人差 し指を立て、 悪戯っぽく笑った。

恋は、頭でも身 体で もなく、ハー トで感じるものだ、と私は思うの。

ハート…って、 心で すか?そんな の当然――

――いいえ『心 臓』 よ。

 

 好きで大好きで、 心から愛した――あの人にも、狂おしく恋した相手がいたのかもしれない。きっと。私と出会う前の路の何処かで。

 

――10カ ウント。勝者、ルシファード・オスカーシュタイン。

 

 ルシファードは両 手の拘束を解 いて身体を起こし、全く動かない相手の顔を覗き込んで――硬直した。

 閉じられた白い瞼 から溢れた雫 が、真珠色の肌の上で凍てついた軌跡を描いている。

「ドクター!わっ、 えっ、何? どーし…大丈夫かっ?!

 慌てて伸しかかっ ていた己の体 をどけ、完全に脱力している相手の身体を抱き起こす。

「すまない、ドク ター。どっか痛 いのか?目、そんなにヤバイのか?」

「心臓が――」

「えっ、心臓?!

 掴まれたように痛 い。掴んでい るのは、この男だ。非常識なありとあらゆる各種能力を特別製ボディに詰め込んだ、優しい悪魔。

「心臓って、心臓っ てどぉ ゆー…」

 ばしん、と後ろ頭 を叩かれたル シファードは、はっと左を見上げた。サラディンのコートを抱えたミハイルが、苦い表情で立っている。

「慌てんな馬鹿。走 査すりゃ分か るだろ?脱臼した関節部分が軽く炎症起こしてるくらいで、何も問題ない――でしょ?サラディン」

「――はい。大丈夫 です」

 胸元へ顔を伏せた 当事者から掠 れた小さな声の答えを聞いてもまだ心配そうにしている男に、青年はコートを押し付けて言った。

「俺達が乗って来た ヘリを足止め してある。そろそろ飛ばしてやらないと、寒いから気の毒だ。…ほら、サラディンも凍えてしまうぞ?唐変木」

 腑に落ちないルシ ファードは曖 昧に頷きながら、渡されたコートをサラディンに着せ掛ける。目を開くことのできない相手を軽々と抱き、立ち上がった。

 

 夜明けの強い風 が、きらめく氷 の粒と共に闇を吹き払って行く。

 光に満たされつつ ある空にはま だ一つ、等星の高い星が輝いている。

 ルシファードは己 が名の由来を 思い出した。

――黎明の星。

 

 マリリアード…… 俺、大事な人 を見つけた。

 俺はこの人の―― 星になれるか な。


≪Illustrations Top
≪Stories Menu
≪Sect.10
BBS
Sect.12≫
Information≫
Entrance≫

素材頂きサイト様→miss!