流石は商売人、と言うべきか。
会話が途切れない。喋りまくるという訳でもなく、上手いことこちらの語尾を掬って次の話へと繋ぐ。 宇宙を飛び回っているだけあって、話題には事欠かないようだ。 立ち居振る舞いも、エレガントとは言い難いが、目に余るような不快さは無い。話の内容も見た目も、絵に描いたような好青年。 暇潰しには良い素材を手に入れたかもしれない、とサラディンは微笑む。 「何?」 「何がですか?」 「いや、笑ったから」 「いいえ、別に」 もちろん、人間≠ニいうものの業深さを嫌と言うほど知っている蓬莱人は、容易く気を許したりしない。 しかし、ルシファードが既に身元を調べて「一応安全」の判が押してくれたことも、強固な警戒心を緩める役に立っていた。 これが他の誰の調査でもサラディンの信用には足らないが、銀河連邦軍情報部工作員でもあるルシファードの調査である。少しでも怪しい点があれば、「安全」とは言わない信頼感があった。 ……ルシファードに対する当て馬への信頼感が、他ならぬ彼の調査に基づいているとは、実に皮肉で滑稽な事実だったが。 「また、笑った。一体何です?」 「何でもありません。それで、そのウィア人と言うのは――」 携帯端末が鳴った。 「失礼」 断って、イヤホンを伸ばす。 「はい、アラムートです」 『あ、サラディン? 俺』 ――やっと来たか。 「ルシファード。……どうしましたか?」 『いや、良ければ夕飯一緒にどうかと思って』 おや、噂はまだ彼の耳に達していないようです。紫天国の連中も当てになりませんね(怒)。 「残念ですが、夕食でしたらもう頂きました。そろそろデザートにしようかと思っていたところです」 『へぇ、どこで飯食ってんの?』 「さあ、良く分かりません。基地の外の――スペース・マン御用達の店らしいですが」 『基地の外の店……って、サラディン一人で?』 「いいえ。ライオネルが一緒です」 『ライオネル? 昨日あんたに告白したっていう六芒星人か?』 「はい」 『サラディン――ったく、あんたは慎重なんだか無茶なんだか。そーゆー奴の誘いに気安く乗ったりして、あんたは遊びの積りなんだろうが、ストーカー化したらどうすんだよ』 「あなたが守ってくれるのでしょう?」 『ああ守る。守るけど、四六時中一緒にいられるわけじゃないんだから、ちょっとは自重してくれなきゃ意味がねぇだろ』 「そうですね。では、もっと無茶をするように心がけなければ」 『はぁ?』 「そうすれば、もう少し一緒に居てくれるようになるのでしょう?」 イヤホンの向こうが沈黙し、盛大な溜息とともに復活する。 『ドクター……つまり今そいつと居るのは俺への当て付けってコト?』 「解釈はご随意に」 『――今からそちらへ参じても良ぅござんすか、ドクター』 「おや、邪魔をするというのですか?」 『いえ、とんでもない。そろそろ夜も更けて参りましたし、基地へお戻りになる刻限かと存じますれば、お迎えに上がらせて頂きたく』 「……構いませんよ、どうぞ。私を見つけてご覧なさい」 有無を言わさず通話を切り、向かい側から自分を見つめている相手に、飛び切りの笑顔を向けてやる。 まさか、当て馬の効果が僅かなりともあるとは思わなかった。 「話の途中ですみません」 「いや……」 つい先ほどまで活き活きとしていた獅子が、叱られた子犬(子猫?)よろしく項垂れる。 「今の……あんたの好きな人?」 片想いの相手≠ニいう表現を使わなかったのでセーフ。 「さあ、どうでしょう? そんなことより、美味しいデザートを頂きたいのですが」
店を出たところに現れた、黒ずくめの影。 サラディンが何か言うより早く、長身の男前二人は声を揃えた。 「あんただったのか!」 「――知り合いだったのですか?」 「知り合いって言うか……恩人みたいなモンです。この傷の原因になった喧嘩で、助太刀してくれた」 ライオネルは親指で自分の胸を指差す。 思った通り、彼の方が少し背は高い。ルシファードは着痩せするので、体格も一回り大きく見える。 「恩人なんぞと言われるほどのことはしてねぇな。ただ、酒場で一般人に絡んでいたアホな猿どもを教育的指導しただけだ」 それだけでサラディンにはおおよそ何が起こったか想像できる気がした。 「いや、あン時はマジ助かった。負ける気は無かったけど、来たばっかの惑星で警察沙汰にはなりたくねぇし。改めて、ありがとう」 当て馬と本命の握手を、蓬莱人は微妙な心持で見守る。 「けど、そうか、あんたがサラディンの……」 続く言葉を眼力で黙らせ、鉄面皮の笑顔をルシファードへ向ける。 「よくここが見つけられましたね。一体どういう手を使ったのでしょう」 電話を受けてから三十分。流石と言うところか。 「スペース・マン御用達の店≠チてヒントから、マルっちに訊いて絞り込んで、後は正攻法。さぁ帰ろうぜ、サラディン」 黒髪の大尉は、目の前で恋しい相手を連れ去られんとして何か言いたげな男を振り返った。 「ライオネル・ハイライン」 いきなりフル・ネームを呼ばれた六芒星人は気色ばむ。 「――リオンでいい」 「じゃ、リオン。俺このヒトのボディーガードみたいなモンだから、俺に恩があるってんなら、頼むからストーカーとかにはならないでくれ。色々面倒臭ぇから」 ライオネルは驚いたように少し目を見張り、それから僅かに眇めた。 「……ボディーガードみたいなモン=H」 「ああ。その辺りの説明は異常に難しいから勘弁してくれ。とにかくサラディンを守るのは俺の最優先事項だ。この人の心身に危害を加える相手は理由の如何を問わず排除する。ってコトで、くれぐれもヨロシク」 「――任務なのか?」 「いんや。単なる俺の希望」 「……そうか。じゃ、ストーカーじゃなくて、恋人ならいいのか?」 獅子の予想外な発言に、サラディンも思わず彼を見やる。 「俺、今さっきサラディンには恋人がいないって聞いたばかりなんだ。立候補する気満々なんだけど、あんたどう思う?」 周囲から毛が生えていると称される蓬莱人の心臓は一気に緊張したが、ルシファードは軽く肩をすくめあっさり答えた。 「そりゃサラディンが判断することだろ。俺に訊かれたってしょうがねぇや」
実に明快明確、かつ端的な回答だった。 サラディンの理性はそれが正答であると瞬時に判断する。 けれど錆ついた太い釘で刺されたような胸の痛みはどうしようもなく、紛れもない現実として襲ってくる。 「――本気か?」 低くなったライオネルの声色に怒りが滲む。 「むしろそれを俺に訊く料簡が分からねぇよ。しかも当の御本人の前で」 獅子は絶句し、サラディンの方へ向けた視線と出合う。咄嗟に逸らせたけれど、傷心を読み取られただろうか? 「……サラディン」 ライオネルの呟きが聞こえ、気付けば広い胸に抱き締められていた。 温かい。 一度、ぎゅっ、と力を込めた腕が解かれ、目の前には穏やかな微笑があった。 「――ごめん。あなたを傷つけるつもりは無かった。……許してくれる?」
彼の声はひどく優しく、サラディンは頷いていた。 「――ルシファード。サラディンを傷つける相手を排除するってんなら、いの一番に排除されるべきはあんた自身だな?」 振り返って見たルシファードの端正な眉根に、ほんの微か刷かれた影。 僅かなその色の理由を問い質したい気持ちに駆られつつも、サラディンの口は言葉を発してしまっていた。 「帰って下さい、ルシファード。私はもう少し彼と一緒にいます」
「……了解」
自分で命じながら、あっさり向けられた背中が苦しくて、つい近くの体温へ身を寄せた。長い腕と広い胸が、ごく自然にまるで当り前のように抱き留め、視覚と聴覚とを柔らかく塞ぐ。 ルシファード以外の人間に、こんな風に抱き締められるのは初めてだと思いながら、サラディンは瞼を閉じた。
今はこの体温に甘えてしまおう。何も考えたくない。何も。
一週間余り後、軍病院が民間移譲される当日には、マッドでサイコな外科主任に恋人――それも「彼氏」ができたらしいという噂は、病院内のみならず基地中広く伝わっていた。 同時に正式発足となった「外宇宙探査基地」において、ルシファードは艦長候補の一人に選出され、「中佐」となる。 外宇宙探査の試験航行まで、あと四カ月。
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