コトノハジマリ

Fan Fiction based on FF7.転載利用盗作再配布等禁止。


 命令を受けたのは 3ヶ月前の週明け。担当者が高熱で倒れた、というのがその理由だった。
 おおよそ 1週間と言う期限付きではあったが、憧れの「英雄」に近く働ける、と俺は有頂天。解熱治療を受けながら担当者が語る仕事内容をメモする手にも力が入ったも のだった。
 その後、オフィスで対面した「英雄」は――想像以上に凛々しく格好良く…そして少し、物憂げに見えた。
 敬礼し、上擦った声で名乗った俺の顔を、彼は訝しそうに見つめ、
「…どこかで、会ったか?」
 首を傾げながら言われた台詞に、俺は眩暈がした。予想通り、理想通りの…低い声。
「いえ!あの…俺――自分は、こうしてお会いするのは、初めてであります」
「――そうか」
 気のせいか、と呟く。
「…ところで俺は、そういう軍隊式の話し方は嫌いだ。普通に喋れ」
「了解!…あ、ええと、分りました」
 瞬間、彼は微かに苦笑めいた色を頬へ滲ませた。そんな表情を見るのはもちろん初めての俺は、本当に卒倒しそうなほど、嬉しいと思ったのだった。

 翌日。出撃命令が下った。
 戦争はもう大勢が決着していて、あとは各地に残る残党狩りだけ、というような状況だった。その残党たちの最後の拠点である場所の抵抗が予想以上に激 しく、『英雄』の出馬を願うことになったという訳だ。
 専用機で一路現場へ向かい、戦闘に参加してみれば、密林に近い、しかも複雑な地形でのゲリラ戦。3日 後にはセフィロスでさえ「面倒だ」と舌を鳴らしたほど、戦況は混沌としていた。
「全員撤退」
 その夜の作戦会議で、彼は開口一番に言った。
「しかし、それでは作戦が…」
 気色ばんだ指揮官に、セフィロスは冷たい一瞥を投げかけた。
「作戦は私が遂行する」
「――まさか、お一人で?」
 無茶な、と笑いかけた彼に、その場にいたほぼ全員が真顔を返す。一緒に戦えば、味方を庇いながら戦っているセフィロスが不自由していることは すぐに分かった。あまりに能力が違いすぎるのだ。
「…私一人でも事足りるが、それで不都合だと言うなら、何人か残して行くがいい。ただし、クラスは
1stレ ベルにしておくことだな。それと――私は彼等の生命と安全を保障しない」
 冷たい声音に、俺は寒気を感じた。彼の言葉は単純に「守らない」という意味ではなく、自分の使う強大な魔法に巻き添え食っても知らないぞ、という警告を 含ん でいると察せられたからだ。
 座は水を打ったように静まりかえった。
「――以上だ。対案があるなら聞こう」
「…了解」
 基地司令官が、かすれ声を搾り出すように言った。…当然だろう。彼としては、指揮官としての権限を完全に無視されたのだから。それでも俺は、悔しそう な彼の表情に何となく小気味良いものを感じていた。自分の敬愛する『英雄』は、まさしく“格が違う”のだ。
 司令官の返答に肯いたセフィロスは、するりと身を翻して司令室の天幕を出て行った。慌てて後を追おうとした俺の耳に、囁きが届く。
「…ふん、俺らは足手まといだとさ。英雄様にはかなわないよなぁ」
「あれだけはっきり言われてしまうと、何だかな…」
「でも…できるのかな、本当に。一人で?」
「俺らにはもう関係ねぇよ…英雄様のお手並み拝見と行こうぜ」
 ――何とも、自分に対する陰口を聞いてしまったように気分が悪かった。
 別にセフィロスがああ言ったのは我侭でもなんでもなく、これ以上の犠牲を無駄と判断しただけだ。彼が提案してくれなければ、泥沼のゲリラ戦でこれから幾 人の命が失われたか分らない。その中には自分が入っているかもしれないと、こいつらは考えないのだろうか?
 でも、そんな意見を咄嗟にはうまく言えなくて、ただぎっと睨み付け、俺はセフィロスの後を追った。

 部屋代りの天幕に、彼は戻っていた。上着を脱いで、筋骨隆々とした見事な半身を曝している。思わず知らず見蕩れていた俺にふと目を止め、
「…汗を流す」
「あ、はい!」
 とんぼ返りで水を調達しに出る。よろよろしながら両手にバケツを下げて戻ると、セフィロスは受け取ったバケツから豪快に水を被り、手早く身体を拭った。
 ふいにそれが、決戦前の“禊”だと思えて慄然となる。
 彼はこれから、この激戦地に、独りで残る積りなのだ。
 これがセフィロスでなければ有り得ない話だ。いや、いくらセフィロスでも…やはり「無謀」なのじゃないかという疑いが胸を過ぎる。
「あの…」
 馴染みの黒装束に身を固めつつある彼へ声を掛ける。
「俺も、残りましょうか?」
 氷のような瞳がすかさず自分を捉えた。
「何故」
――何故?心配だ、なんておこがましい。自分が残っても彼の邪魔にしかならないのだ。それは分っている。けれど…
「いえ、あの…残ってもいいですか?」
 セフィロスはベルトを締めながら目を眇めた。少し、不思議そうに。
「お前は一兵卒だろう。司令官の指示に従え」
 あんな奴でも上官は上官だろう、と皮肉めいた色を付け足す。一緒にいた数日間で、彼は結構そんな物言いが多いと知った。
「…自分はここの部隊の所属にはなっていません」
 セフィロスは“ああ…”と腑に落ちた様子で、「好きにしろ」と肩を竦めた。「物好きな奴」という内心の声が聞こえて来そうだ。
「お前、使える魔法のレベルは?」
 正直に答えると、全て身支度を整えた彼は微かに眉をひそめた。振り返り、あまり多くない自分の荷物から、鈍く黄色に光るマテリ アを取り出す。
「予備の分だ。使っていい」
 手にすると、それが防御系の魔法を内包したものだと分る。しかもセフィロスのものだから…当然、最高レベルだ。憧れの『英雄』からいきなりの贈り物―― 頭に血が上った。
「あ、ありがとうございますっ!」
 物を貰ったことよりも、彼が自分の身を心配してくれたことに感動していた。
 しかし彼はもう興味もない様子で、濡れ髪を拭っていた手を止めるといきなり小刀を抜き放ち、長さの三分の一ほどを切り落とした。バラバラっと銀髪が散 る。俺は驚いたが、彼は何でもないように小刀を拭って元の鞘へ収めた。
 ――長すぎて邪魔だったらしい。それでも、強い光を放つ真直ぐな銀髪は、彼の背の半ばくらいまで届いている。
 ざんばらになった髪がその立ち姿に妙な野性味を醸し出し、俺はまたつい見惚れてしまった。
 そうこうしている内にも、周囲では夜陰に紛れての撤収準備が進んでいる。魔皓を浴びた人間は夜目が利くらしい。平兵士の自分には分らないことだったが、 闇の中で時折、ソルジャー達の瞳が獣のようにちらちら光った。
「テントを畳んでもよろしいですか?」
 若い――と言っても俺よりは年上だが――兵士が入口を捲って中を覗き込んだ。セフィロスが肯くと、数人がバラバラと天幕へ入って来る。戸惑う俺をよそ に、セフィロスはさっさと正宗を携えて外へ出てしまった。二人分の荷物を背負った俺はまたぞろ慌てて後を追ったが、人と物資と車両が行き交う中で照明も最 低限に絞ってあるのでは暗視装置でもなければどうしようもない。
 彼は何処へ向かったのだろう。
「よぉ!クラウド」
 途方に暮れていた俺に、聞き慣れた声がかかる。
「ザックス…」
 奔放にはねた黒髪。劣等感とは縁のなさそうな笑顔。超田舎のゴンガガ出身で、年齢もクラウドとさほど差がないにもかかわらず、彼は既に“ソルジャー”の 仲間入りをしていた。
「俺、居残り組になったんだ。…セフィロスは?」
「――どっか、いっちゃったんだ…」
 我ながら、情けない答えだった。自分は彼の付き人であるはずなのに…。
「あぁ?ンだあいつ、こんな時に」
 クラウドが密かに萎縮するのも気付かぬ風で、ザックスは頭を掻いた。巨大な剣、バスター・ソードの使い手である彼の腕は実に逞しく、貧弱な自分とつい比 べてしまう。
「困ったなぁ…俺、報告して来いって超・不機嫌な司令官に命令されてんだ。悪いけど、一緒に探してくれるか?」
 悪いもなにも、俺だってセフィロスと一緒でなけりゃ仕事にならないのだ。
「はい」
 とりあえず荷物は物資係に預け、貰ったばかりのマテリアを支給の小型マシンガンに装備した。すると目ざといザックスが、
「おっ、いいマテリア持ってンな」
 きん、指先で黄色い珠を弾いた。
「…セフィロスから貰ったんだ」
 やはり自分には不釣合いに見えるかと俯きながら、でも誰かに自慢したくて呟く。
「えェ?!いいなぁ、お前、可愛がられてンだな!」
 可愛いがられて…それは、どうだろう…と思うけれど、嬉しいことは嬉しい。
「で、クラウド。大将の行きそうなところは?」
「あ、指令部とか…」
「俺、今、そこから来たんだ」
「え…じゃあ、あそこかも…」
 一度、偶然に見付けて、セフィロスが感心したような声を出していた場所を思い出した。


 

 大地の“気”が澱む ――そんな 場所が時折ある。身を置いていると、体中の細胞の一つ一つが活性化され、何処からともなく力が湧いてくるような気がする。

 撤収の準備に感づいた のだろ う。数キロ離れた前線から砲声が聞こえ始めた。にじり寄る敵の気配を感じながら、セフィロスは目を閉じ、木の幹に背を預け、ただ、待つ。

 来るがいい、ここま で。

 来るがいい、悪戯に死 に場所を 探す者達よ。

 足元からそそけ立つよ うな律動 が高まってくる。と――ふいに、違う気配が混じった。足音を忍ばせることもできない未熟な歩み…これは、あいつか。そしてもう一人は…。

 開いた視界に、魔皓の 目が映 る。同時に声が聞こえた。

「いたぞ」

「お前は…」

 自分の前へ来て敬礼す る男を、 セフィロスは訝しげに見やる。

よ、 セフィロス。…司令官からの指示をお伝えします。ソルジャー・ 1stセフィロス隊は、撤退と見せかけて敵をおびき出し、殲滅する作戦を決行。メンバーは 1stセフィロスを隊長としてケリィ、ソーサー。アル ナンド、コーギ。ザックス、ポルトナー。以上 7名 を攻撃部隊、及び…」

「もういい」

 いかにも不機嫌そうな 声が遮っ た。

「俺は隊長などしない。 そっちは 勝手にやれ。言った通り、命の保証はしない」

「…分かってるけど、こ れも仕事だ。最後までやらせてくれ」

 腕組みをしたセフィロ スは顎で 促す。

「…他通信、衛生、補給 各 3名、 計 16名にて任務を遂行すべし。戦況不利の場合は直ちに本隊へ連絡し速やかに撤退のこと。…以上です」

「御苦労だな」

 再び敬礼したザックス は表情を 変えた。

「ヒゲオヤジの命令はど うあれ、 俺はあんたと戦えるのを光栄に思ってる。他の奴らはともかく、俺は足手まといになる積りないんで、存分にやってくれていいぜ。よろしく」

 差し出された掌に、セ フィロス は珍しく微かな笑みを浮べた。

 そして意外にも、セ フィロスは自分の 右手を差し出す。未だに「お前」以外で呼んでもらった記憶のないクラウドは、強い羨望をもって二人の握手を見つめていた。

10 2 4 7時 の各方向から敵が迫っている。小人数だが後尾を叩かれると痛いぞ。すぐヘリを呼べとヒゲオヤジに伝えてやれ」

 目を丸くしたザックス は「了 解!」と反転して、来る時より数倍早い速度で走り去った。

 視線を戻すと、もう、 目を閉じ て静かに佇むセフィロスがいる。

「…お前は?」

「は…」

「ここにいるのか」

 ゆっくりと開いて、自 分へ向け られる吸い込まれそうな魔皓の瞳。さざめく梢から月光が雫のように滴り落ちて滑らかな頬を伝う。流れる微かな水音。彼の寄りかかる樹の背後には、クラウド が偶然見つけた小さな泉がある。

「…分りません」

 クラウドは所在無く俯 いた。ソ ルジャーが揃っている中で戦闘の役になど立てやしない。でも皆と撤退もしたくない。力量もないのに意固地で中途半端な想いを、自分でも持て余している。

「…ここにいろ」

「え…」

「判るか?」

 ぐい、と急に引き寄せ られた。 あまり驚いて、声が出ない。

 ――抱き締められてい た。

「判るか?」

 何を訊かれているかも 分らな い。温かさに息が詰まって、心臓が反転しそうになる。

「…何を…ですか…」

 とにかくにも必死で出 した声は 掠れ、囁きと化した。

「――判らないか?」

 心持ち、セフィロスの 声も潜め られたようだった。自分と彼の脈動を肌で感じながら考えようとするけれど、思考は全て、血の熱さに溶かされて。ただ、彼の意図が色めいたものでないことだ けは薄々理解した。

 半分気絶したようにな りなが ら、何とか呼吸だけは止めないようにしていると、不思議な心持ちがして来る。呼吸も鼓動も重なり、まるで静かに息づく森の生物の一つになったような。

「あ…」

 判った。流れる風、 水、波動の 全てが――背後に澱んでいる。そして地の中を廻り、再び吹き出し…自分の血も、呼吸も、流れの一脈となってゆく。

 クラウドはいつしかそ の心地よ さに恍惚と身を任せていた。

 空気を裂く音、そし て、破裂 音。

「…始まったな」

 我に返ったクラウドの 耳へ、ど こか愉悦を含んだ低い声が届く。セフィロスの胸にすっかり身を預けている自分に気付き、慌てて飛び退いた。

 凭れていた樹からうっ そりと背 を離したセフィロスは、虚空を見つめ――笑っていた。

 ほのかな月光に浮かび 上がるそ の表情は、何処か物凄まじく。全身の肌がさっと粟立つ。

 魔皓の瞳が自分を向 く。黒手袋 を嵌めた手が伸びてきて、額を押さえられた。対物理攻撃のバリア…と魔法攻撃防御のマバリア。それから、

「え?」

 力を抜かれ、眩暈を起 こしたク ラウドは、その場に倒れ込んだ。

「…寝ていろ」

 薄らいだ意識の中で、 『英雄』 が冷たく言い放つ。銀髪が翻り、足音は遠ざかって行った。



 気がつくと、辺りは完全に明るくなっていた。

 がさがさっ、と音がす る。

「なんなんだよ…アイツ は……」

「化物だよ、化物だ…」

 まだ少し朦朧としたク ラウド に、怯え切った様子のそんな会話が聞こえてきた。

「英雄≠ネんて…アイ ツは神羅 の作り出した化物だ。絶対そうだ」

 『英雄』…セフィロ ス?

「ああ…でも、どうす る?どう やって逃げる?」

「隠れていよう。武器を 使わずに じっとしていれば…」

 声は次第に近付いて、 がさっ。 クラウドの背後で草むらが鳴った。驚いた気配が伝わってくる。

「――何だ?こいつ…」

 潜められた声が相方に 訊く。

「まだ、子どもだな…死 んじゃい ない…神羅の制服だ」

 肩を引っ張られ、ごろ り、仰向 けにされた。眩しい。

「あっ?」

「いや…別嬪だが女じゃ ねぇ」

「こんな子どもまで戦争 に駆り出 して…どうしたんだろう?病気かな」

 手袋を脱いで額へ触れ て来る。 クラウドは自分も手を持ち上げ、その手を除けようとした。

「大丈夫…です」

「喋った」

 額を押さえながら何と か起き上 がったクラウドの前にいる二人の輪郭が、幾度も瞬きをして次第にはっきりしてくる。泥まみれの衣服。背中に担いだ自動小銃。敵…だとはそれ以前の会話で 分っている。

「…大丈夫か?熱はない ようだけ ど」

 優しく尋ねてくる相手 も、自分 とそう変わらない年齢に見えた。もう一人の髯面は、抜け目なくクラウドの小銃を奪っている。

「――戦況は?」

 敵に尋ねるのも変に思 われた が、まぁ仕様がない。目前の二人は顔を見合わせて肩を竦めた。

「…あんたらの『英雄』 が俺らの 同士を殺しまくっているよ。あれは…化物だ。どうしようもない」

 クラウドは首を振っ た。化物な んかじゃない…そう言いたかったが、相手の声に含まれている怒りと恐怖に、二の句を接げなかった。

「まぁ、あんたに会えて 良かった よ。…名前は?」

 少し迷ったが、気の利 いた偽名 なぞ咄嗟に思い浮かばず、本名を名乗る。

「クラウド、ね…」

「良かった…って、どう してです か?」

 会えて良かった、なん て早々言 われる台詞ではないから気になった。

「あんたにひっついてい れば、見 つかった時も殺されずに済むかもしんねぇってコト」

 クラウドの小銃を抱え てどかっ とその場に座り込んだ男は溜息混じりに答える。なるほど、と肯きながら、クラウドは苦笑するしかなかった。『味方であろうと命の保証はしない』宣言をした セフィロスが手加減するとは思えない。でも、それは言わなかった。悪戯に話して絶望されて、自棄で殺されてはかなわない。

 若い男のほうも、座り 込んで煙 草を取り出した。髯面に勧めると、

「…煙と匂いで居場所を 感づかれ るぞ」

 若い男は溜息し、火を 着けない ままのそれを箱へ戻す。会話が途切れて静かになると、風音の合間に瑞々しい響きが混じる。

「――水音がするな」

 二人に眼差しで尋ねら れたクラ ウドは、渋々答えた。

「…すぐそこに泉があり ます」

 彼等はクラウドの指差 した樹の 裏へ回り込むと、感嘆の声と共に澄んだ水を貪り飲んだ。

「ああ、助かった」

 いかつい髯面も、笑う と何処に でもいそうな農夫の顔になった。しかしそれも一瞬で、遠く聞こえた爆発音に表情が強張る。

「おい…あいつは一体、 何なん だ?」

 厳しい目で覗き込まれ ても、答 えようがない。

「何のことですか?」

「あんたらの『英雄』だ よ。あの 動きは…魔法の強さにしたって、尋常じゃない」

 セフィロス、の名はど うしても 口にしたくないらしい。

「僕に言われても…彼は 強いのだ としか、言えません」

「あいつは人間なの か?」

「人間ですよ。どこから どう見 たって、人間でしょう?」

「どうしたら人間があん な風にな るってンだ?」

 興奮した同士の肩を、 若い男が 叩く。

「この子を責めてもしょ うがない よ。今は、生き残ることを考えよう」

 若い男はクラウドの隣 へ席を移 すと、「ごめんよ」と言いながら腰を抱き寄せ、顎へ銃をあてがった。髯面も移動して来て、クラウドを挟む形で座る。

 その時。

「クラウド」

 彼は、いきなり現れ た。森の中 だというのに、足音も気配もさせず。クラウドを挟んだ二人は息を飲んで硬直する。

 黒髪。背負ったバス ター・ソー ド。剥き出しの二の腕も顔も、返り血に紅く染まっていた。

「大丈夫か?」

「あ、はい…」

 彼が一歩を踏み出す と、若い男 はクラウドに押し付けていた銃へ力を込めた。

「…近付くな」

「なんだ、お前ら。クラ ウドの捕 虜じゃねぇのか?それとも、そいつを人質に俺と殺り合う積りか」

 ザックスは、問う声に あからさ まなドスを効かせた。

「…いや、俺達は投降す る積り だ。だから…」

「命の保証ならできない ぜ?何し ろ、俺達にだってそれは無いンだ」

 若い男は、訝しげに眉 を寄せ た。

「セフィロスがそう言っ てンだ よ。もしかして俺達含め、全員皆殺しで終らせる積りかも知んねぇ」

「な…んだって?」

 突きつけられた銃先が 揺れる。

「俺もそれは嫌だから、 今あんた らの大将探してンだ。何処だ?それとももうおっ死んじまってんのか?」

「…そんなことで我々の 口を割ら せようとしても…」

 ザックスは天を仰ぐ。

「ああっ!そんなんじゃ ねーん だ!本当にセフィロスが止まらなくなってんだよ。このままじゃ、散り散りに逃げてるお前ら全員、殺さないと終らないぜ!」

 真剣な彼の表情に、敵 兵二人は 顔を見合わせた。


 ザックスは男二人を連 れ、敵の 司令官が潜んでいるという壕へ向かうことになった。

「俺も行きたい」

「え?お前はここで御大 将を待っ てんじゃないのか?」

「…違うよ。寝て ろ≠チて、置 いて行かれたんだ。俺」

「そりゃー…お前、やっ ぱり可愛 がられてンだな」

 俯くクラウドに、セ フィロスの 行動を一体どう解釈したのか、ザックスはまた羨ましそうに顎をしゃくった。

「じゃ、行くか」

「はい」

 クラウドは嬉々として ザックス の後に従った。目的地は、南東約3q。この辺りの地下にはゲリラによって掘られた壕が蟻の巣状に絡み合っている。司令官が潜んでいるのはそんな壕の一つ (一角?)らしい。

「途中でセフィロスと鉢 合わせし なきゃいいな…」

 ふと聞こえたザックス の呟き が、一行の背を寒くする。

「会ったら…殺されるの か?」

 若い男が訊く。

「今、会ったら、絶対だ な。あ、 こいつは大丈夫かも知らんけど」

 親指で最後尾に着いた クラウド を示す。

「こいつは…奴の、何 だ?」

「お気に入りの付き人だ よ」

「違う。ザックス、誤解 してるん じゃないか。俺は別に彼に気に入られてなんかない。どこをどう解釈すればそうなる?」

「マテリア貰ってるし さ、危ない 戦闘には置いて行くし。大将がそんな扱いする人間、俺は他に見たことないぜ?」

「ザックスが知らないだ けだよ。 だってあの人、俺の名前すら覚えちゃいないんだぜ?それの、どこがお気に入りだよ」

「あなた∞お前≠チ つー関係 な訳だろ?お熱いじゃん」

「ザックス…もしかし て、ふざけ てるのか?」

「まぁね」

 どうやら自分は戦場の 緊張感を 紛らわす玩具らしいと気付いたクラウドは首を振った。

「でも本当に手ェ出され てない の?お前みたいな可愛い子ちゃんなら、大将がほだされるってのもアリだと思うがな」

「…ザックス…いい加減 にしろ よ」

「おお、美人が怒ると怖 い」

 彼はとことん遊ぶつも りらし い。クラウドは溜息して、相手をしないことに決めた。人間に驚いたのか、名も知らぬ熱帯の鳥が、姦しく鳴きながら飛び去って行く。

「――伏せろ」

 ふいにザックスが囁い た。その 場で身を低くした四人に防御魔法を掛ける。

 ドシッ。

 低く腹に響く音。ま た、そして もう一度。背筋を冷や汗が流れる。

 ――何?この気配。

「噂をすれば…だ。お い、クラウ ド。大将を呼んでくれ。このままじゃ俺達も殺られる」

 セフィロス、なのか。

 姿が見えるわけでもな いのに、 この、凄まじい威圧感。言われた通り彼を呼ぼうとするが、恐怖に掠れ、声が出ない。

「セフィロス…」

 第一、俺が呼んだからって彼が攻撃を止めるなんて、

「セフィロス!」

 考えられない。彼に とって自分 は“一兵卒”でしかないはずで、

「セフィロス!」

 むしろ声など出せば標 的になっ てしまうのでは…

 ばんっ!

 いきなり、目前の樹木 が、細か な火の粉となって飛び散った。熱風に弾かれたクラウドは、背後の繁みへ倒れ込む。

 何が起きたのか分らな かった。 風が過ぎ、しばらくしてから恐る恐る起き上がってみると、一瞬にして焼け野原と化した 80mほど前方に、

「セフィロス…」

 彼が立っていた。

「何をしている?」

 大声を出しているわけ でもない のに、彼の声は明瞭に届く。

「ざ、ザックスも一緒で す!あ の…」

 対照的に、声を張り上 げるクラ ウド。

「その二人は?」

 この距離から、繁みに 伏せた二 人が見えるのか。

「投降兵です。これから 彼等と一 緒に、敵の司令官へ降伏を呼び掛けに行きます」

 立ち上がったザックス が、すか さず簡潔な説明をする。

「…そうか。損な役回り だな」

「どうも、貧乏籤を引く タチらし くて」

「私が早いか、お前達が 早いか… だな」

「そういうことですね」

「場所はどこだ?」

「南東 3q」

「分った。奴等の選択が 全滅でな いなら、またこいつに私の名を呼ばせればいい。それが合図だ」

 遠くから、セフィロス がクラウ ドを指し示す。それを、等の本人は信じられない想いで見た。

「了解。では」

 敬礼したザックスは、 一行を促 して前進を再開した。

 セフィロスの姿が完全 に木々に 隠れ見えなくなってから、

「…な?お前、気に入ら れてるだ ろ?」

 ザックスが発した言葉 を、今度 はクラウドも否定できなかった。



 密林の奥深く身を隠し た敵司令 官は、意外にも穏やかで賢そうな表情の男だった。

「全滅か、投降かです。 今すぐ、 決断を」

 ザックスが迫る。

「この森に散らばった同 士を、君 等の『英雄』は本当に一人で殲滅できると?」

「彼は実行します。これ 以上の犠 牲は、あんた等にとっても無意味だ」

「彼だって人間ならば、 疲労もす るだろう」

「彼は一級のマテリア・ マスター です。精神力を増す薬剤がほんの少しあれば、 3日間は不休で働ける」

「――君も、か?」

「――俺でも、だ。 さぁ、どうす る?」

「…選択の余地は無いよ うだな。 白旗を揚げるよ」

 投降を決めた司令官の 言葉に、 ザックスは頬を緩めた。

「よし、無線を貸してく れ。善は 急げだ」

 追いて行こうとしたク ラウド に、ザックスはびし、と指先を突き付ける。

「お前にはお前の仕事が あるだ ろッ!司令官、こいつには拡声器を貸してやってくれ」

「そんな物は、ない」

 考えれば当然か。隠密 行動がゲ リラの主だ。

「あ〜っ…じゃ、仕方 ねぇや。ク ラウド、自力でがんばれ」

「どういうことだ?」

 司令官がいぶかしむ。

「こいつの“声”が御大 将への合 図になってンだよ。こいつが呼ばなきゃ、あんたらは皆殺しの目に会ってたわけ」

「…なるほど」

「じゃ、クラウド、ま た、後で な」

 ザックスの背中を見 送って、 さぁ自分も外へ出なければと振り向いたクラウドの額に、突然銃口が突き付けられた。

「…?!」

 相手はあの、髯面だっ た。

「――さぁ、クラウド。 “お前の 仕事”を果たしてもらおうか」

 …投降は、する。けれ ど、せめ て一矢は報いたい。

 そういうことらしかっ た。

「セフィロス――セフィ ロス」

 背中に銃口を当てられ ながら呼 ぶ声は、微かに震える。こんな風で彼が騙されてくれるとは思えなかったが、クラウドは言われた通り、ただひたすらセフィロスを呼んだ。

「セフィロス…セフィロ ス…」

 自分は一度も呼ばれた ことがな いのに、自分はこんなに呼んでいる。何だか片恋のような、妙な心持ちがした。

「セフィ…ロス」

 声が嗄れて来ると、横 から水が 差し出された。

「…どうも御親切に」

 せめてもの皮肉を込 め、言って やる。セフィロスがこんな稚拙な手に引っかかってのこのこ現れるとはよもや思わなかったけれど、また万一に彼が現れたとして、みすみす殺られるとも思わな いけれど。

 ――どっちにしろ、俺 の命は無 いだろうな。

 絶望的な気分で、木筒 の水を呷 る。人間、こんな時にはやはり故郷を思い出すものなんだな…などと考えながら。

 ティファと約束を交し たあの給 水塔。母さんの顔。懐かしい家並み。

「クラウド?」

 ぼんやりしていたクラ ウドの肩 を叩いたのは、あの若い男だった。

「…君には済まない。こ んなこと になって」

「まぁ…仕様がないです よ。戦 争、ですから…」

 言いつつ、木筒を握 る。この男 は信頼できる、といつか思ってしまっていたから、どうにも寂しい。

「言い訳するわけじゃな いけど… でも、もしここが君の故郷だったら…と考えてみて欲しい」

「…そりゃ、辛いでしょ うね」

 こんなに大勢で踏みに じられて は。

「そうだよ、辛い。もの すごく辛 い。戦争なんかしたくない。でも、戦わなければ僕達の生活も文化も、踏みにじられてしまうんだ…神羅によって。君はそれを、どう思う?」

「“風前の灯”な僕がど う考えた ところで、意味ないんじゃないですか?」

 そういえばニブルヘイ ムも魔皓 炉ができてから、山の木が枯れて裸になったって聞いたな。自然破壊?…まぁ、そうなのかもしれない。どうでもいいや。

「意味、無くはないと思 うよ…」

「“仕事”続けます」

 クラウドは空になった 木筒を男 へ突っ返し、前に向き直った。

 セフィロス…もう、何 でもいい から、もう一度、俺に貴方の姿を見せて下さい、セフィロス――それが最後でも、いいから。

 呼び掛けを始めてか ら、小一時 間も経っただろうか。ザックスが通信に成功しているなら、そろそろ神羅のヘリが現れても良い頃だった。もちろん、ザックスも自分と同様に拘束されているな ら、いくら待っても味方は来ないだろう。まぁ、自分と違ってソルジャーの彼が、そう簡単に拘束されるとも思えないが。

「…セフィロス…セフィ ロス!」

 クラウドは呼び続けて いた。馬 鹿の一つ覚えか、或いは何か呪文の様に。呼べば呼ぶほど、切ないような気持に拍車がかかる。神羅のヘリが到着した瞬間、恐らく自分の背に当てられた銃口は 火を吹く。彼等は自分をセフィロスの気に入りだと思い込んでいるから、往生際に少しでも打撃を与えようとするだろう。けれど、セフィロスは…きっと蚊ほど にも感じない。神羅にすれば、一兵卒を殺されたところでそう大したことではないし、それじゃあ俺は…丸きりの死に損だ。

「セフィロス!」

 それならせめて、彼 に…憧れ続 けた『英雄』に、殺されたいと思った。

「セフィロ…ス!」

 掠れた声が裏返る。軽 く、咳込 む。

「こいつを少し苛めてや れば、あ の化物も隠れてないで出てくるんじゃないか?」

 背後で誰かが下らない ことを呟 いた。

「奴の気に入りだ。逆上 されたら 困るぞ」

「ふん、今更…」

「セフィロスが…隠れた りするわ け、ないだろ…」

「ほぉ、“お嬢さん”が 何か仰っ てるぜ」

 髯面の拳銃が、強かに クラウド の頬を打つ。

「止せよ」

 若い男が止めた。

「セントラ、お前、俺達 の同士が どんな殺され方をしたか、見なかったわけじゃねぇだろ?!今更こいつらに礼を尽くしてやる必要があンのか?!」

「落着け。彼の声は降伏 の合図な んだ。セフィロスにもそう信じて貰えなきゃ意味がない」

 冷静な言葉に、髯面も ぐっと詰 まる。

「ナホトカ、もう少しの 辛抱だ… がんばろう」

 悔しそうに唇を噛み締 めた髯面 は、顔を背けた。

「…クラウド、大丈夫 か?」

「触るな」

 口の中が切れた。血の 味がす る。唾を吐くと、鉄臭い匂いがした。差し伸べられたセントラの手を振り払い、クラウドは立ち上がる。

「クラウド…ナホトカの 言う通 り、君を苛めて彼を誘き出す手も、ある」

「じゃあ好きにすればい いだ ろッ?もうどうだって構わないさ!何にしろ彼が来るわけ…」

「…おい…野郎、来たッ !!

 押さえた叫び声に耳を 疑う。け れど確かに指差された先には、黒マントの長身が。

「セフィ…ロス?」

「…来やがったッ !!

 合図の指笛が鳴らされ る。あち こちから一斉に、激鉄を上げる音がした。

 セフィロスは――微笑 んでい る。

「降伏の合図だと言った はずだ が…」

「――死ねッ!この、化 物!」

 その瞬間、密かに向け られてい た自動小銃から手榴弾、対戦車砲まで全てが火を吹いた。

「…セフィロスっ!」

 ばんっ

 熱風に、目を瞑る。直 前、彼が 火球に包まれたかに見えた。

 セフィロス――ッ!!

 胸へ鉄杭を打ち込まれ たような 痛み。

「嫌だっ」

「――怪物…だ」

 明らかに怯えた囁き。 目を開く と、無傷で佇む彼がいる。ほっとして、知らず涙が零れる。

「動くな…そのまま、武 器を捨て ろッ!」

 いつの間にかクラウド のこめか みへ銃口を当てたセントラが、叫ぶ。その声も震えていた。

「武器を…?」

 セフィロスは、笑っ た。それは 心底楽しそうで、背筋が凍るような笑みだった。彼の左手が、すうと持ち上げられる。

「お前の方から先に、捨 ててもら おうか」

「止せ…」

 一瞬、だった。びしっ と空気が 鳴って、見るとセントラも、背後の男も、髯面も…氷の塊と化していた。そしてあれよと言う間に罅割れ、崩れ落ちる。その凄まじい光景に、クラウドも息を呑 み、凍りついていた。

 やがて視界には、散ら ばった氷 片を踏みにじる、黒い長靴。

「私を試そうとは――」

 百年早かったな。

 『英雄』の指先、肩に 触れられ たクラウドは、びくりと身を竦ませた。

「――お前…」

 再び、空気が鳴った。 周囲が過 剰な光に溢れる。クラウドは目を閉じ、耳を塞ぐ。よろけた身体は逞しい腕に抱き止められた。

 ――判った。先ほどの 火球も、 これだ。自分を中心に火球を発生させることによって、 360度全方位の攻撃から身を守る…こんな魔法の使い方もあるのか。

 火球の中で、クラウド はセフィ ロスの声を聴いた。再び唱えられる防御魔法。そして、

「座っていろ」

 言葉通りその場に蹲っ たクラウ ドは、神羅のヘリ音が響いて来るまで、ただ震える両膝を抱えていた。

「クラウド!」

 やがて、ザックスの呼 ぶ声に顔 を上げると、そこは血の海、だった。陽炎の立つその海の中心で、空を見上げているのは――セフィロス。銀髪と、黒マントの裾を巻き返る風に靡かせ、誇らし げな笑みを浮かべている…。血まみれの英雄。

 クラウドは、充満した 異臭に込 み上げる胃液を抑え切れず、吐いた。

「クラウド!大丈夫 かッ?すま ん、俺の所為で…」

 駆けつけてくれたらし い人の良 いザックスの声は、最後まで聴き取れなかった。


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