Let's go shopping with me…
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 5階建て大型量販店の 真中に位 置するその場所は、エレベータ・ホールとエスカレーター・ホールを兼ねた吹き抜けとなっていた。断熱処理された天窓からは、深い青の夏空がのぞき、狂暴さ を減 じられた柔らかな日差しが降り注いでいる。

 普段なら少し気だるい 午後の空気漂 うショッピング・モールを、今、狂騒の嵐が駆け抜けていた。

 発信源となっている二 人は周囲のどよめきも意に介さぬ様子で、何をか楽しげに言葉を交しながらエレベータ・ホールに足を止めた。同じくエレベータを待っていた人の群れに、彼 等の周囲だけクレーターのような穴が開く。

「…調理器具が一階で、 食器類が 五階というのは、あまり機能的な配置と言えませんね」

「ドクターが拘るからだ ろ?皿も 茶碗もあったじゃん」

「私の眼から観れば、あ れは子ど も用です。私が使っている場面を想像してごらんなさい。滑稽じゃありませんか?」

「ん…――ま、確かに な。でもそ んなこと言ったら、ドクターと釣合いの取れる食器なんて、この世に存在しねぇよ」

 黒髪を膝裏まで伸ばし た男の、 いつもそうとは意識しない褒め言葉に、青緑の髪をした同伴者の目許が緩む。その時エレベータの扉が開いて、中にいた5人ほどが降りかけの体勢のまま硬直し た。

「あれ?」

 黒髪の男は手を挙げ、 顔の三分 の一を覆う漆黒のスクリーン・グラスを確認した。その動作で、乗客達は呪縛が解けたようにあたふたと円筒形の箱から降りる。

 ――彼等の状況を分り やすく例 えるならば。

 近所のショッピングセ ンターで 普段通り買物を済ませ、何気なく乗ったエレベーターの扉が開くと、そこに某超大国映画村の美形大スターがペアで立っている…と、まぁ、そんなところ だろ うか。

 違うのは、その二人が 地球人に は有り得ない、想像の域を越えた美貌を持っている点と、内一人が地球人の本能的な恐怖を掻き立てる絶滅種族の出身であることだった。

 そこにいた数人の軍関 係者と一 部の一般客は、彼等が何者であるかを知っている。

 一人は青緑の髪に優雅 な薄紫の 衣をまとい、焔色の瞳に素通しの眼鏡を掛けた超美人――銀河連邦宇宙軍バーミリオン星、カーマイン基地付属軍病院の外科主任、手術の成功率100% という有り得ない腕の良さに『魔術師』の異名を持つ医師――サラディン・アラムート。

 そしてもう一人は、ワ イルドな 黒髪を膝裏まで伸ばし、軍の作業着をラフに着こなしたサングラスの超絶美形――連邦創立記念祭で限定販売されたカーマイン基地紹介ディスクの『案内 役』として一般にも名を馳せた、規格外れの英雄――ルシファード・オスカーシュタイン大尉、その人だった。

「どうぞ、ドクター」

 当然のように医師を先 に乗せた ルシファードは、後ろを振り返ってわずかに眉をひそめた。

「…おい、あんたら、乗 らねぇの か?――閉めちまうぞ」

 エレベーターの扉前で 微妙な距 離を保った一団が、互いに戸惑い顔を見合わせている。ルシファードはきっちり十秒数えると、躊躇わず『閉』ボタンを押した。

「…ったく、何だよ。別 に素顔で 歩いちゃいねーぞ」

 不満そうにぼやいた彼 へ、サラ ディンが教える。

「彼等は私が怖かったの ですよ。 貴方が言うところの筋肉ダルマ達ですら尻尾を巻いて逃げるのですから、一般人は推して知るべしでしょう?」

 それで愁眉が晴れるか と思いき や、ルシファードは眉間の皺を深くした。

「――どぉしてか なー…?俺、 全っ然分からねぇや。ドクター、こんなにキレイなのに」

 子供のように首を傾げ ながらス クリーングラスを近づけ、まじまじと医師の顔に見入る。機械が地上を離れる浮遊感を感じながら、サラディンは毎度素直過ぎる男の反応に微笑んだ。

「…お褒めに預かって恐 縮です が、私の場合も貴方の“素顔”と同じく、理屈ではない、彼等の本能的な部分に働きかけてしまうだけでしょう。…別に私は気になりませんし、貴方さえ私を嫌 わないでいて下されば、正直、他はどーでも構いません」

「俺がドクターを嫌うな んてあり えねーけどさ…ま、ドクターがいいならいっか」

 あっさり結論を下して 笑顔に戻 る。

 軽やかなアナウンスと 共に、半 透明の扉が開いた。


END
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