***   You are my only starry one.   ***
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3,700キリ番ゲッター、葉月沙李さまからのリクエストにより制作。
2007.5/21.(Mon)

 俺の大好きな227歳は時折、普段のクールな妖艶さとは違う、可憐でお茶目な表情を見せてくれる。
 以前、ライラがドクター・アラムートを表してそんなことを言った際には、その心性を全く理解できなかったルシファードだったが、今なら少し分かる。
 オレンジ・クレープ・シュゼットが好きだとはにかんでみたり、ミジンコの額はどこまでだろうかと首を傾げてみたり。“魔術師”と異名されるほどの知性と 器用さとを誇る天才外科医でありながら、シートベルトの着脱は下手だったり、拳銃の扱いや料理は大の不得手で、車の運転も苦手。その癖、VITOLの操縦 を教えると筋が良かったりするから面白い。
 ――そう、面白い。
 サラディンの傍にいると、きれいで色っぽくて危険でドキドキわくわくして、楽しい。僅かも退屈するということがない。
 お互い多忙で中々ゆっくり会えないからかもしれないが、二人一緒に一年間ほど自宅で過ごせと言われたとしても、やはり退屈しないだろうと思う。
 どんな些細なことでも、知識や教養が豊かでしかもユニークなドクターと話せば、楽しくなるに違いない。

 そこまで考えて、ふと気付く。
 人の中での孤独を噛み締めてきたO2と、人のいない孤独の中で育てられたマリリアード。生命の全てを慈しみ、守ろうとするマリリアードと、己の命にすら 全く価値を見出せないO2。
 二人が二人して唯一無二の強烈な個性を持ち、全てにおいて対称的でありながら、彼らは根底でひどく似通った魂を持っていた。
 同じようなレベルの超能力、遺伝的な近さも理由の一つではあるだろう。――が、最も重要なキーワードは、“孤独”だったのかもしれない。
 ルシファードは、ようやく“母親”の深い部分を理解できたような気がする。
 人間の範疇を大幅に超えた能力を持つO2が、唯一対等に渡り合える好敵手を切実に求めるのは当然だと思ってきた。そしてそれはマリリアードも同様だった と、頭では理解しているつもりでいた。
 だが、きっと、状況はもっとずっと深刻だったのだ。
 死に閉ざされたラフェール星を脱し、命を賭すべき使命と、守るべき大事な人たちの生命を両腕に抱えながら、それでもやはり寂寥とした死の風景を捨てられ ずにいたマリリアードは――孤独だったのだ。想像を絶するほど。
 ルシファードも過去に一度だけ、触れたことがある。
 一度しか、触れようと思わなかったし、マリリアードも、触れさせようとしなかった。
 それは、彼の叔父の生命と共に葬られた、過去の碑。

 本来は美しい庭園であるはずの広い広い空間を埋め尽くすように並んだ白い墓標。

 感情を封印されていたルシファードは、それを見ても、哀れなラフェール人に同情すらできなかったが、その風景に込められた母親の深い想いを感じて言葉も なく、ただ、その時とは違うマリリアードの金髪を、強い願いを込めて抱き締めた。貴方の所為ではない、貴方はもう幸せになって良いのだ、と。
 女神の如く微笑み、「ありがとう。私はもう大丈夫ですよ、ルシファード」と言う“彼女”の心の奥底に、父親の面影が一瞬ひらめくのを、ルシファードは見 たような気がした。
 あれは錯覚ではなかった、と今にして思う。
 “あの風景”と“想い”を共有できる“人間”はいない。――たぶん、O2以外には。
 普通の人間なら、ルシファードと同様の態度を取るのが精一杯だろう。マリリアードも同じように微笑んで、「ありがとう」と言うに違いない。
 だが、O2なら。
 超A級テレパシストは、ラフェール星最後の王子の記憶を完全に同調し我がものとして感じながら、きっと嘲笑って言い放つ。
 「それがどうした」と。

 100万の誠意ある同情より、その強さこそが、マリリアードの救いとなったのだ。



「――ルシファード?」
 名を呼ばれて我へ返る。
 透明な飴色の双眸が、訝しげにこちらを見つめていた。
「どうしたのですか?ぼーっとして」
「いや…ちょっと、親父達のことを思い出してた」
「おや、また?…まぁ、あの個性的なご両親では、影響が強いのも無理からぬことと思いますが…」
 香りの良いノーマルなハーブティーを口へ運ぶサラディンは、少し呆れた声で微笑む。
「ドクター」
「はい」
「ありがとう」
「は?」
 きょとんとして、青緑色の睫をぱたぱたと瞬かせる。こんな隙のある表情を見せる時、妖艶な彼を可愛らしいと思う。腹の底から湧き上がってきた微苦笑がル シファードの頬を動かした。
「あんたに会えなきゃ、俺は――化物のままだったってコト」
「ルシファード。自分を化物だなどと言ってはいけないと忠告したはずですよ。貴方は…」
 気色ばむサラディンを手で制し、ルシファードは朗らかに笑う。
「違うよ。前と違って否定的な意味じゃねぇし。あんたが助けてくれたんだ、俺を」
 すらりとした長い首を傾げると、青緑色の髪が白い頬へ降りかかる。
「……何のことですか?」
 一呼吸置いて、
「…助けて下さったのは、貴方の方でしょう?」
 薔薇が花開くように笑う。
(うわぁ、キレイだ〜っ!相変わらずホントにキレイだ〜っ!!…やべっ、脈拍上がってきた)
 主任室の装飾過多なティー・テーブルを挟んで向かい合っていて良かったと思う。手の届く距離にいたら、うっかりバンジー・ジャンプをしてしまいかねない ほど、寛いで無防備な蓬莱人も魅力的だった。
 そこはそれ、年季の入ったポーカー・フェイスで外科医の喜びそうな心理状態を隠す。
「俺の感情の封印が解けたのは、ドクターのおかげだってコト。ライラには、全然良くなってねーって嘆かれてるケド」
「ライラの嘆きも尤もでしょうねぇ…よく分かります。貴方は毎年、彼女に先日のようなレグホーン・リゾート十日間の休暇をプレゼントすべきです」
「そんなことしたらベンも一緒に行っちまって、サラディン、飯の相手がいなくなっちゃうだろ。俺がいつも傍にいられればいーけどさ、きっとそうも行かねぇ し」
 美貌の外科医は動きを止め、琥珀色の双眸でルシファードを見つめた。
「…っと、また何か変なこと言ったか?俺」
「――いいえ。あまりにいつもの事なのでもう慣れたというか、一々指摘する気にもなりません」
「嫌なこと言ったんなら教えてくれ。改善――できるかどうかは自信ねぇけど」
「いいえ、逆です。こちらがとても嬉しいことを当然のようにあっさりとしかも無意識に言ってくれてしまうので、どう反応して良いか分からなくなっただけで す」
 外科医はティーカップをテーブルへ置きながら溜息を吐く。
「そんな風に言って頂けるのが私だけなら良いのですけど、貴方ときたら誰彼構わずそういう物言いをするから“男たらし”の名誉な称号を授与されてしまうの ですよ」
 ルシファードは弾かれたように頭を抱えた。
「うわっ、サラディンまでそれを言うか!マジ頼むから止めてくれ。それに俺、ドクター以外の奴に飯の心配なんてしねーよ。ちゃんと食べたかな、とか、食え ても一人じゃ寂しくねーかな、とか。…飯はやっぱり大人数で食った方が断然美味いだろ?」
 大家族に憧れる天然ボケ人たらし男の連続攻撃を受けた蓬莱人は目を眇め、ゆっくりと言った。
「別に、食事の相手に不自由はしてませんよ?」
「――えっ?」
「私が食事をしていると、必ず誰かが側へ来て、隣へ座って良いかと訊いてきます。一々誰とは覚えていませんが、ミズ・バーレイであることもありますし、心 療内科のドクター・ダンカンですとか、泌尿器科デュトワ医師ですとか…あと誰でしたっけね、整形外科の彼とか…養肢技師の彼女とか…理学療法士のミハイル は必ずと言っていいほど来ますし…」
 折られる指の多さに、ルシファードは驚く。そして同時に、何だか妙な気分が――
 ざわざわと、胸の奥を鮫皮で擦られたみたいな。
 ――ん?何だコレ。
「話しかけられてうっとうしいと思うことはありますけど、私はご存知の通り人間嫌いですし、食事時に一人でわびしいと思ったことはありませんねぇ。――食 べられなくてひもじいことは確かによくありますけど」
 にっこりと邪気なく微笑まれて、ルシファードは返す言葉に詰まる。
「…えっと、そうか、うん。まぁ、良かった」
 不明瞭な疑問符を胸に抱えながら、曖昧に頷いた。
「ああ、でも…貴方がいなくて寂しいことは、よくありますよ。ここに貴方がいればいいのに、と思うのはしょっちゅうです。売店のぱさついたサンドウィッチ を咥えている時などは、貴方の手料理が恋しくて、切なくなります」
 趣味の腕を褒められたルシファードの気分は、単純に急上昇する。
「そうか。俺、料理ができて良かったよ。ドクターに喜んでもらえるもんな」
「カジャには、餌付けされるなと言われましたけどね。色気より食い気は、私のキャラではないだろう、と」
「ベンもしょっちゅう相伴に来る癖によく言うぜ。大体、いくら食ったってサラディンの色っぽさが減るわけじゃねーし」
 それどころか、公私ともに充実している医師の放つ艶やかさは、増す一方に見える。
「色気がいくらあったって、貴方相手には中々効果がありませんけれどねぇ…」
 腕を組み、悩ましげに溜息を吐く。
「…未熟者で申し訳ありません、サー」
 実は結構、効果はあったりするのだが、それを言ったらすぐさま大変危険な状況に陥りかねないので、少しおどけた口調で誤魔化す。
 私服のサラディンと二人きり、下手なレストランより雰囲気の良い部屋で、美しい夜景を眺めながらの食事は、無粋を自覚しているルシファードですら、心が 潤うのを実感できる瑞々しさがあった。正直を言えば最近、カジャやライラ、ニコラルーンが遅れて食事にやって来て、助かったと思う日が重なっている。
 サラディンの方はむしろ最近、慣れたせいか寛いだ表情が増え、あからさまな誘惑を仕掛けてくる機会が減ったというのに、ルシファードが深遠へ墜ちそうに なる回数は逆に増えていた。喩えればそれは、美しい蝶を追いかけていて気づけば崖っぷち〜みたいな?楽しく刺激的な会話を続けていて、ふと、すぐ傍にある 身体へ触れたくなっている。
 柔らかな唇。真珠色の肌。焔色の瞳を体温が感じられるほど間近に見つめる心地よさ。
 ――あ、思い出すとやばい、ダメダメ。
 折良くサラディンの携帯端末が鳴った。あからさまに嫌そうな顔でイヤホンを伸ばした医師が看護婦と会話している間にルシファードは席を立ち、茶器を片付 け始める。
「…行ってしまうのですか」
 イヤホンを巻き取った蓬莱人は、名匠の手になるような柳眉を曇らせた。
「そんな顔するなよドクター。夜になりゃまた会えるじゃん。そういや、今日のデザートにリクエストは?」
 空になったカップや砂糖壺を盆へ載せ、サラディンの側にあったポットを取ろうと伸ばした手に、そっと白い掌が重ねられた。
「では、ルシファードを」
「…っ、俺なんか喰っても馬鹿ンなるだけですからドクター!」
 ルシファードは長椅子から飛び退って距離を取る。一方サラディンは、ゆったりとした動きでポットを盆へ載せながら、少し気怠い口調で続けた。
「構いません。どうせ貴方の馬鹿にはもう感染しているのですから。カジャのみならず、ナース達からも最近主任はちょっとお茶目になりましたよねカワイイと か言われて、結構ショックだったんですから。もはや毒を喰らわば皿まで、という心境ですね」
「はぁ……お茶目でカワイイ、ですか……」
 その意見にはルシファードも賛成だったが、外科にはあの調子の良いミズ・バーレイ以外にも、そんな暴言を言い放てるナース達がいるのかと驚く。――流石 は『北の狼』。
「ま、少々むかついたので『ではお茶目ついでに医療ミスでも起こしてみましょうか。小さなものから大きなものまで自由自在ですけれど』と返したら、皆凍っ ていましたけどね」
 ふふふと剣呑な笑顔で楽しそうに笑う外科主任は、やはりサラディン・アラムートその人に違いなかった。運悪くその言葉を耳にしてしまった患者がいたら、 恐怖のあまり容態悪化しているかもしれない。
 ちょっと気の毒。
「ドクター、急いでるんだろ?片付け俺やっとくから」
「いいのですか?すみません。美味しい差入れをありがとうございました。ごちそうさま、ルシファード」
「どういたしまして、サラディン。エネルギーチャージ満タンで手術に臨まれて下さい。…弁当、毎日作ってやれりゃあいいんだがな」
「作って頂いても食べる時間のない日が多いでしょうから。今日は本当にラッキーでした」
 いつも冷ややかな美貌が、幸せそうにほっこりと笑う。
「それに何より、貴方に会えることが私にとっては一番の回復薬です」
「俺が癒し系?それってサラディン限定だろうなぁ。初めて言われたぞ」
 かく言うルシファードにとっても、サラディンは何より誰より目の保養だった。人間は、物でも人でも好きなものを眺めていると、それだけで幸せな気分にな れる。目が見えなければ音、声、匂い、手触り――考えてみれば、身に纏う空気感まで、どこを取ってもサラディンは、ルシファードの“大好き”だった。
 ――ドクターが『癒し系』だなんて言った日にゃ、ワルター達なんぞ石化してしばらく動かねぇんだろうな〜。
 その光景を想像した大尉の口元に苦笑が浮かぶ。
「…んじゃ、ドクター。仕事がんばれよ」
「ええ、ありがとうルシファード。では、また今夜」
 主任室備え付けの小さな流しで茶器を洗うためシャツの袖を捲り始めたルシファードに、立ち上がったサラディンがついと身を寄せる。え?とそちらを向いた ルシファードの唇へほんの軽く、唇が重ねられた。
「…行ってきます」
 琥珀色の瞳が笑う。

 外科主任の端正な後姿がドアの向こうに消えてもなおしばらく、ルシファードの『石化』は解けなかった。
 気力を総動員して、硬直した腕を振り、頭を振り、身体の自由を取り戻すと、その場に座り込む。
「…………あ――――――ぶなかった〜っ!!」
 腹の底から安堵の息を吐く。
 ――偉いぞ俺。すごいぞ、俺。マジやばかった。よくぞ踏み留まった!

 離れていく身体を引き寄せ、抱き締め、そのままどうにかしてしまいそうだった。

「…ったく、ヒトのこと男殺しなんつって、サラディンもかなりのモンじゃねぇかよ…」
 外科医の食事中に寄って来るという人々の話を思い出す。
 ――そういやあのクソ親父も、自分が好かれてるっつー自覚なかったよなぁ。恨まれたり憎まれたりしているのは分かンのに…。なんでだろー?
 彼が幾人の罪無き(?)人間達のハートを撃ち抜こうと、逆に心を奪われるのは奇跡に等しい確率だろう。それが良いことか悪いことかは分からないが、その 『奇跡』を打ち当てたのが自分だという事実は、単純に嬉しい。…深淵に落ち込む危険さえなければ、だが。
 決して失いたくない、大好きで大事な、何より煌めく俺の“一番”。
「…よし」
 何とか立ち直ったルシファードは、片付けを再開する。
 今日の夕飯には、カジャやライラ、ニコラルーンも呼んでやろうと考えながら。


*はい、以上でございます。沙李さま、キリ番リクエス ト、本当にありがとうございました。お気に召すとよろしいのですが…。
頂いたお題は『ルシサラで、天然なサラに珍しく慌てるルシファ』でした!すてきなお題をサンキューvvです。自分じゃ考えつきませんマジで。
うちのルシファはサラにめろめろですね〜。いやもうほとんど墜ちてるし。タイトルの英語はフィーリングと音で決めてます。たぶんデタラメ(^.^;)。

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