一つ屋根の下

(C)2007 AmanoUzume.
※禁;転載利用盗作再配布 等。
2007,7/22,Sun

 とある非番の昼下がり。
 生ハムとハーブ、季節野菜のパスタを作りながら、ルシファードはふいに、あることを思いついた。
「…なぁ、ドクター。あんたがこの部屋に帰ってくる頻度ってどのくらい?」

 リビングの長椅子で寛ぎながら、美しい装丁の本を読んでいた医師は視線を上げ、焔色の目を瞬く。
「そう、ですねぇ…週に一二度、でしょうか。最近はあなたの非番の日が、帰宅する日となりつつあります。――いきなり何故、そんなことを訊くのです?」
 軽く首を傾げた美貌の主に、シェフ顔負けの手つきでフライパンを返し、麺とソースを炒め合わせながらルシファードは答える。
「ん〜この家、部屋が余ってんだろ?俺が越して来たら迷惑かなぁって。俺も宿舎には寝に帰るだけだしさ、非番のたびに出かけてくるより合理的だろ」
 コンロのスイッチを切った彼は、振り向いて肩をすくめる。
「あくまで、サラディンが嫌じゃなければ、の話だけど――どう?」
 蓬莱人は、薔薇色の唇を緩ませ、心から嬉しそうに、ゆったりと微笑んだ。
「あなたと一つ屋根の下で暮らせるなんて、喜ばしい以上の何ものでもありません。毎日フルコースより百倍嬉しいですね。全く問題ありませんよ、私は」
 素顔を晒しているルシファードは、にこっと少年のように笑って、キッチンへ向き直る。
「よかった!…んじゃ、食い終わったら早速端末でベッドとか探すよ。他はあんまいらねーから」
「ベッドも要りませんよ。私の部屋の寝台はクィーンサイズですから、ご心配なく」

――がしゃん。

 フライパンを落としそうになったルシファードが固まっている。背後では、くすくすと楽しそうに笑う蓬莱人の声。
「……ドクター。空き部屋を貸して頂くだけですから、どうかお気遣いなくお願いします…」
 もしかしたら墓堀職人が一番天職なのかもしれない黒髪の大尉は、その時になってようやく、己の安易な提案に潜む危険に思い当たった。
 飛んで火に入る夏の虫。
 
 ――まさか、まさかありえないとは思うケド、もしサラディンに夜這いされたら俺、逃げられるのか…?

 相手が女性ならば、男としてほんの少し嬉しい部分もあり(睡眠の方が魅力的だが…)、何より自分より弱い相手を心身ともに傷つけたくないが故に無碍に出 来 ない。
 相手が野郎なら、心理的に傷ついてるラフェール人を除き、問答無用で四分の三殺しに出来る。
 じゃ、ドクター・アラムートの場合は…?

 上の空になりながらも、ルシファードは二枚の大皿に手際よくパスタを盛り付けてゆく。

 選択肢その@…殴り倒す。――俺がドクターに手を上げるなんぞO2が女装するより有り得ねーし。大体、怖くてンなコトできるかっつーの。
 選択肢そのA…逃げる。――@が出来なきゃ難しいよな。「勘弁して下さい」って泣きながら土下座したら呆れて止めてくれるとか…ねぇか。
 元来いぢめっ子の医師は、喜んで余計にノリノリになるだけだろう…。
 選択肢そのB…喰われる。

 仕上げにトマトと削ったチーズを飾り付けていた手が、はたと止まった。

 …考えてみりゃ、あの根本的に男前な性格のサラディンが、本気で俺に×××××たがるとは思えねぇし。そーすっと、もしかして最悪でもせいぜい、キスさ れまくって弄ばれるくらいで済むってか?
 ――なら、大丈夫だと納得しようとする腹の奥が――ざわついて、腑に落ちない。

 そう確かに、色っぽくて享楽的な蓬莱人は、面白半分に際どい悪戯を仕掛けて楽しむだけ、かもしれない。
 でも、だから、つまり問題は。

「…どうしたのですか?ルシファード」
 ぼんやり皿を見つめていた視界に、青緑色の髪がひょいと覗き込んでくる。縦長の瞳孔。紫外線を防ぐための素通し眼鏡。
 紅を差しているわけでもないのに艶やかな薔薇色の唇へ、視線を吸い寄せられる。何だか不埒な想像をしてしまいそうな気がして、ルシファードは首を振っ た。
「何でもねぇ。できたぜ、ドクター」
 対サラディン限定で大きく針の振れる気持ちをポーカーフェイスに隠し、悪魔王の名を持つ男は、大皿をテーブルへ移すべく手に取った。

 そう、だからつまり、問題は――ドクターは遊び半分でも、俺の方がその気になっちまいそうで、やばいってコト。

「…ドクター、サラダのドレッシングは何にする?」


*一月前に書いたモノです。あんまり短いの でUPしなかったのですが、行間をいくら睨んでもどうやらこれが決定版らしいので。お粗末でスミマセン(汗;;)。時間軸的には、『緑眼』の後、『思い 出』の前になります。ルシファの中では、サラディンに一番近い人でありたい心理が働いてます。無意識ですが。
≪Illustrations Top
≪Stories Menu
BBS
Information≫
Entrance≫

☆画像頂きサイト様→miss!