***    PHOTO-GRAPHS  〜After the Green Eyes Rhapsody〜

(C)2007 AmanoUzume.
※禁;転載利用盗作再配布 等。
2007,6/30,Sat


「うそだろすげーまじかよくそったれふざけん じゃねーぞこのク サレ××」
 お世辞にも上品とは言いがたい独り言が、一人きりの静かな部屋に響く。柔らかな陽光がテラスへ面した窓から降り注ぐ、医務官用宿舎の広いリビング。
 サラディンから提供された最高の環境で、夜勤シフトの開始時間を待つルシファードは、いつもの趣味に勤しんでいた。
 一応用心のためにと仕掛けておいた検索ロボの拾ってきた情報。
 まさかとは思ったが。
「…サラディン」
 それは、災厄王が“すげー好き”な蓬莱人の画像ファイルだった。
「アナログカメラなんて超マニアックなモンを持ってる人間が……」
 呟きかけて、ここなら有り得るかもしれない、と今更ながらに思う。非常識の塊だと毎度ライラに怒られている己が言うのもおこがましいが、最初から全てに おいて非常識ばかりの星だ。男同士の愛に命を賭ける(?)マニアックな女性達が、一世一代の(??)スクープをモノにせんと、万全の体制を(???)整え て いたとしてもそれは、まぁ、考えられないことではない。
 カメラとフィルムという非常に古風な方法で撮られた“写真”を、現像し、スキャニングして更にデジタルデータへ変換する。その画像の添付されたメール本 文には、『こんなにステキな画なのに本誌に載せられないなんて信じらんなーい!!(>д<)』とある。

――どこがステキなんだクソッたれ。

 頭の中で悪態を吐きながら、データを分析する。メールの宛先は、ルシファードの知らない12名。全員がパーヘヴ関係者と見て間違いないだろう。
「送り主も合わせて13名か…見事な凶数だな。いや、この名前はどっかで聞いたような……?」
 ありきたりで平凡な名前だからか、すぐには思い出せ――
「うひゃあぉえ」
 妙ちきりんな悲鳴を上げて、ルシファードは椅子が倒れそうになるほど勢い良く身を引いた。

――ひ、ひ…“東の熊”!!!!

 “パープル・ヘヴン”を創刊し、己をモデルに書かれたホモエロ小説に怒った軍病院最強のサイコ・ドクターズ相手に、全面戦争を戦い抜いた伝説の編集長。 ペンネーム、エカテリーナ・サ×××ッチ、本名メアリー・スミス。
 この星へ着任してからというもの、望みもしない様々な通過儀礼を乗り越え、大人の階段を一歩上ったルシファードにとって最後の鬼門だった。
 おののく心情とは裏腹に、電脳戦において“魔法使い”の腕前を持つ大尉は、冷静に各端末をハッキングし、データを消去していく。

――メールが発信されてから3日か……リムーバブル・ディスクやアナログでコピーを取られてないといいケド、最悪の事態も考えておくべきだな。

 実際、端末の幾つかから既にデータが転送されていた。それも追いかけて、メール送受信の事実そのものが無かったようにデリートしていく。
 もちろん、個人の端末や中継するサーバへの侵入、データの改竄は違法行為だが、黒髪の大悪魔が今更そんなちっさいことを気にするわけはない。全て楽勝も のの操作だったが、鼠 算式に増えていく転送ファイルの多さには、少々嫌気が差した。
 しかも、どのメールにもほぼ例外なく、パーヘヴ小説張りの妄想が付加されている。転送される毎に話は膨らみ、末端ではそれなりの『物語』にまとまってい た。
 曰く、サラディンがミハイルと“浮気”中に、嫉妬で怒り狂ったルシファードが乱入し、壮絶な修羅バトルに……なるわけねーだろ、××。
 普段なら笑い飛ばせそうな突拍子もない妄想話が、妙に不快だった。
 特に、“湖畔の光と遊ぶ背徳の恋人達”と銘打たれた写真は、確かに美しいアングルだと思えるが故にか、被せられた妄想の陳腐さが際立つ。
 優に千通近く登った転送データを小一時間で処理し、コピーの有無も確かめたルシファードは腰を上げた。
 勤務開始まであと3時間余り。その間に、発信源となったアナログデータの原本と、幾つかあるコピー群を処理しなければならない…。


「――それで、アナログの原本……“ネガフィルム”とかいうのは手に入ったのですか?」
「ああ。てゆーかすぐ燃した。コピー類の処分もカンペキ。にしても、ホントあいつら暇人だよな〜」
 テレポーテーションさえ可能な超A級念動力に加えて超A級精神感応力を併せ持つ男の辞書に不可能の文字はない(一応)。
 夜勤明けの疲れた様子で外科主任室の長椅子に寝そべる大尉を、ハーブティを入れるため手を動かしながら、向かいに座ったサラディンは微笑んで見やる。
「…あなたが戦艦をハイジャックした証拠隠滅のためなのでしょう?――元はといえば私の所為なのですから、お礼かお詫びを申し上げるべきでしょうか?」
 白魚のような指が、涼やかなガラスのティーカップをルシファードの前へ置く。
「詫びなど無用です、ドクター。…俺が勝手にやったことだ。一人相撲だったってぇのは気に入らねーけど、別に後悔してないし」
 茶を飲むために座り直したルシファードは、カップへ手を伸ばしかけて、ふと視線を上げた。
「…何ですか?」
 スクリーングラスは卓上へ置かれている。剥き出しの日蝕眼と美貌に心地よさを感じながら、外科医師は微笑みを深くする。
「――うん、さっき話した軽薄なタイトルの写真…」
「“湖畔の水辺に遊ぶ背徳の恋人達”でしたっけ?全く、失笑モノのネーミングですねぇ」
 本当に失笑しながら、外科医は優雅な仕草でカップを手に取った。
「ああ、でも、あれは正直驚いた。つーか腹立った。サラディン、なんであんな無防備なことしてんだよ。危ねーじゃん」
 琥珀色の液体を一口飲み、目を眇めた蓬莱人は訝しげに見やる。
「あの時はもう事情を理解していましたから、危ないという意識はありませんでした。テレパシーでは嘘を吐けないと、あなたから教えて貰っていましたし」
「ああ、そうか、いや、そういうことじゃなくて、ええと…」
 自分の中で渦巻くモノを理解できず表現も難しく、ルシファードは長い黒髪を掻き上げて言い澱む。
「うん、あんな人懐っこいのは俺の知ってるサラディンらしくねーし、そんなんじゃ心配だってこと」
 サラディンの唇から妖艶な笑みが零れるとともに、辺りを圧倒する幻惑的な気配が漂う。
「私は相変わらず人間が嫌いです。今回の囮捜査めいたあれは、事情を理解した上でしたこと。何も変わった積りはありませんが、先ほどからあなたの言ってい る“無防備”だとか“人懐っこい”というのは、具体的にどういうコトですか?」
 黒髪の大悪魔は、深遠の魔物に、心の奥底を突かれた気分で押し黙る。
 その脳裏には、不可解にも焼きついて離れない映像があった。湖畔の輝く水面を背景に、映画スターを軽く凌駕した美貌の二人が楽しそうに…。
「…手、繋いでたろ。ドクターがんなコトしてりゃ誰だって吃驚するんじゃねーの」
 不快感もあらわな低音に、むしろルシファードが驚いた。そんなに不愉快だったのかと戸惑う。
 サラディンは気持ち良さそうに微笑みながら、カップを置いて自分の膝に頬杖をついた。
「彼と、手を繋いでいたのが気に入らない?」
 目を白黒させている美貌の主は答えない。
「――それは嫉妬ですか?ルシファード」
 スペースコロニー1基を駄目にして処分を待っている時ですら平然としていた豪傑が、落ち着きなく視線を彷徨わせた挙句、途方に暮れた表情で肩を落とす。
「――分かんねぇ。これって、そうなの?」
 あまり情けなさそうに言うので、サラディンはつい声を上げ笑ってしまった。周囲を満たしていた濃厚な気配が緩む。
「そんな風に訊かれても、私は答えられません。仲良く手を繋いでいる画像が不快だったなら、普通はそう判断しますけど」
「これが…嫉妬?ヤキモチ?」
 サラディンは席を立ち、しきりに首を傾げている男の傍に立った。芸術品レベルの美貌を捕らえ、上向かせる。
「嫉妬して下さるのは嬉しいですが、必要ありませんよ。その気になりさえすれば、あなたは、私の全部を自由にする権利をお持ちなんですから…ルシファー ド」
 冷たさと甘さを兼ね備えた声で囁かれた男の瞳が、一瞬、黄金の色を強くする。
「よせよドクター。あんたは――」
 焔色の眼に捕らえられた黒い太陽は、続く言葉を失った。二つの視線が強烈に絡み合い、連星のように引き合う。

 吐息が重なるほど近付いた二人の狭間に、こういう場合お約束の軽快な電子音が流れた。
 舌打ちするのを何とか堪えたサラディンは、少々乱暴に携帯端末のイヤホンを伸ばす。
「はい、アラムートです……分かりました、すぐ向かいます。必要な処置は………ええ、それで結構。では」
 話している最中立ち上がったルシファードに、また逃げられるかと落胆しつつ向き直る。
「すみません、私は――」
 力強い腕に抱きすくめられ、深く唇を奪われた蓬莱人は、不覚にも仰天していた。
「んっ…」
 まるで媚香を吸った時のように、迷いのない、熱烈な、求める気持ちのはっきり感じられる動き。また無意識にそれを使ってしまったかという危惧をよそに、 意識は溶かされていく。

 内側の皮膚が擦れ合う、熱く甘い感触。膝の力が抜けそうになって、広い背中へしがみつく。
 ほんの数分。でも、恋する者には永遠に感じられる数瞬。

 名残惜しく離れた唇を追うように瞼を開くと、ルシファードの満開な笑顔が映る。
「うん、何か安心した」
 すっきりさっぱり無邪気な声音に、蓬莱人は琥珀色の目をしばたたく。六枚羽の大悪魔は、すかさず身を翻した。
「え?」
「じゃ、そーゆうことでっ、お邪魔しましたドクター!!」
「あ、こら」
 文字通り脱兎の如く逃げ出したその手には、しっかりとスクリーングラスが握られている。
 閉まった扉を呆然と眺めながら、外科主任は一人ごちた。
「……あなたにも、学習機能がついていたんですねぇ……」

 サラディンはもちろん、以前スクリーングラスを人質にとってルシファードを捕らえた事実を言っているのだが、ここで感心するポイントはそこか?と突っ込 める人間は、誰もいない。



※4,771キリ番ゲッター、沙李さまからのリクエストです。お題は『緑眼の番外編のようなもの。ミーシャと仲の良いサラディンが面白くないルシファ』で した。…ミハイル出てきてないケドね。アナログ写真を撮っているパーヘヴ関係者、というのは元々設定にあったので、そのスジで行ってみました。ヲタクが 「データ飛んじゃった」で諦めるわけないじゃないですか。甘いぜルシファ。ちなみに書き切れなかったのですが、“東の熊”さんは、既に加工してプリントア ウトしたルシファ&サラの画像を部屋に貼って日々楽しんでました。

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素材サイト様。ドンピシャな画像探すの何気に4時間くらいかかっちゃいました…→miss!