◆◇◆  King of The Kiss ◇◆◇

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29,Jan,2008.

 古代から受け継がれる伝承の宴会遊戯。それは…
『王様ゲーム』
 番号と当たり≠フ入った籤を作り、当たり≠引いた人間がその場の最高権力者として、他の番号の人間達に理不尽な要求をすることが出来る。
 そう…例えば、今当たり≠引いたライラ・キム中尉の下した「二番と四番が氷を口移し〜」というような、愚かで他愛ない命令をするのが、このゲームの お 約束である。

 まぁ、命令を実行する人間によって、他愛ないかどうかは左右されるが…。

「…げっ!二番俺だ!」
 と叫んだのはワルター・シュミット大尉。傍らには最近よりを戻した妻、メリッサ・ラングレー大尉の美しい赤毛も見える。
「うへ〜、四番は誰だぁ?まさか、ラジとかじゃないだろうね」
 丈の低いテーブルを囲んだ仲間を見回し、視線の合った数名が首を振る。もう一度尋ねようと口を開いた瞬間、涼やかな声が鳴った。
「…私ですね」

 瞬間。
 呼吸さえ止まったかのような、静寂。
 まさしく活人画の如くフリーズした人々の中から、優雅な動きで立ち上がった美貌の主。青緑の髪。真珠色の肌。琥珀の瞳。縦長の瞳孔は、見る者を魅了する と同時に、根源的な恐怖を掻き立てる。
 白衣を脱ぎ、珍しくもノー・ネクタイで着崩した軍服姿が異様に色っぽい彼の名は――サラディン・アラムート。
 ワルター・シュミットの顔色が、蒼ざめるを通り越して紙のように白くなる。
「ワルター…お前、ドクター・サイコとご縁があるんだなぁ……」
 向かいの席に座ったラジェンドラ・モース大尉が、深い哀悼の込もった声で呟いた。しかし気休めどころか、絶望を深める効果しかない。
 軍病院の外科主任医師は、貴族的な美貌に上品な微笑を浮かべ、美しい手を差し伸べる。
「これは嬉しい。いつかの意趣返しを堂々と出来るのですね。――さぁ、こちらへいらっしゃい?…シュミット大尉」
「めめめ…メリッサ、た、助け……」
 既に歯の根も合わなくなったワルターは、傍らの美女に助けを求める。
「――おや、ラングレー大尉を代理に立てるのですか?…つまらない…まぁ、私も女性の方が嬉しいですから、構いませんよ」
 次の瞬間、その場の多くの人間が、ワルター・シュミットの評価を上方修正した。ラングレー大尉の背中に隠れようとしていた彼が、逆に彼女を庇うように身 体を立てたのだ。
「…おや、見直しましたよシュミット大尉。さぁそれでは覚悟を決めて、こちらへいらっしゃい…」
 テーブルと椅子の間を抜け、ゆっくりと、静かに歩み寄る足音――『王様ゲーム』って、こんなに怖い遊びだったろうか?――とその場にいた誰もが思う。
 しかし、冷や汗を流す大尉に助け舟を出せる者はいない。
 ただ一人を除いて。
「る……ルシファード……っ!」
 既に掠れて声にならない声で、ワルターは最後の希望の名を口にした。

「はぁ〜〜〜い」

 応えたのは、大変気の抜けた低音。
 うっそりと立ち上がった漆黒の長身。スクリーン・グラスに半分隠された奇蹟の美貌に裂きイカを咥えたまま、彼はひょいと手を伸ばし、ワルターが握り締め ていた細い籤を摘み上げた。
「選手後退…もとい、交代ね。ったく、できねーんだったら最初からこんなゲーム、やらなきゃいいじゃねーか」
 場の空気が一気に緩み、助かったぁ〜!という声無き声が、辺りへ満ちる。
「ルシファード」
 楽しいいじめを邪魔された医師は大変不快そうに、他の人間なら気絶しそうな鋭い流し目で皆の英雄である男を睨みつけた。
「それは反則でしょう?以前にも思いましたが、あなた、シュミット大尉に少し甘すぎやしませんか。…やたらな甘やかしは本人の為になりませんよ?」
 瞬間凍結作用のある視線を涼しく受け流した男は、籤を振りながら肩をすくめる。
「前も言ったケド、俺はコレがラジでもエディでも、同じようにします。…代打が俺じゃご不満ですか?ドクター・アラムート」
 様々な(実に下らない)経緯から、キスの上手さには基地中の定評がある彼の、余裕綽々とも受け取れる発言に、外科医は益々柳眉をひそめる。
「ええ、不満です。あなたと実行したって、ゲームとしてはちっとも面白くない。部下の窮地を救うと言うなら、せめてアンリやマオ中佐がバトンタッチなさ い」
 名誉あるご指名を受けた二人は、心なしか血の気の失せた顔ではははと笑う。
「ん〜それは、例の雑誌関係者の方々が大変喜ばれそうなシチュエーションですけれど、立場上お二人はマズイでしょう。特にマオ中佐は、下手するとそれをネ タに親父から今後十年はイビられること必至」
 アレックス・マオの顔色が更にもう一段、悪くなる。
「…他の女性でも構いません。とにかく、あなた以外の方にして頂きたいですね。ゲームにならないでしょう?変わり映えが無いったら」
 ――ん?
 ほぼフリーズしたまんまの人々の頭に疑問符が浮かぶ。
「そりゃ、俺が相手じゃつまんねぇと思われる理由も分からないでもないけどさ、ここは我慢して下さいよドクター。ほら、場の雰囲気がマジどんどん沈ん じゃってるからー。ライラはカジャ的に問題ありだろうし」
「…と、当然だ」
 唐突に話を振られた白氏は、戸惑いつつ答える。
 ルシファードは手近にあったアイスホルダーから、融けかけたロック用の氷をひとかけら摘み上げ、ほいと口の中へ放り込んだ。
「んっ!」
 手を伸ばしてサラディンを促す。
 蓬莱人はものすごく嫌そうな顔をしたが、渋々と近付いた。
「…スクリーン・グラスを外しなさい、ルシファード。眼鏡がぶつかったら興醒めです」
 口の塞がっている大尉は、返事の代わりにスクリーン・グラスを外して胸ポケットへ差し込んだ。地球系人類を思考停止に陥らせる魔性の美貌≠ェ露わにな る。
「…この埋め合わせは、近い内にして頂きますからね。よろしいですか?」
 肩をすくめ苦笑するルシファードの気持ちを翻訳するなら、どーしてそうなるワケ?とでも言う意味だろうか。しかしサラディンが睨みつけると、小さく二度 肯く。
 それでも不服そうに躊躇っている医師を長い腕が捕らえ、引き寄せる。憮然としたサラディンは溜息を一つ吐いて、ルシファードへ向き直った。
 重ねられた唇が、やがて深く合わさる。
 非現実的な美貌の主二人のキスシーンは、見ている者達の現実感を失わせた。

 青緑色の睫が震え、凄艶な美貌が苦悶に歪む。
 ルシファードの胸を押し退けたサラディンは、しばらく顔をしかめていたが、やがて息を吐いて姿勢を正した。
 一体何が起こったのか。
「……飲み込んでしまったではないですか、ルシファード」
 注射針のように鋭い視線を寄越すサラディンに、
「ごめん」
 早くもスクリーン・グラスを掛け直した美丈夫は、シンプルに詫びた。
「…次の非番の日には、覚悟なさい。たっぷりと埋め合わせをして頂きますからね?」
「――何か納得できないけど…了解。っても、非番って明日…いや、もう今日だな」
「あぁ…そうでしたね。ふふふ……これは嬉しい。今日一日、とても楽しく仕事ができそうです」
 外科医師は言葉通り心底嬉しそうに笑い、周囲の者達はすべからく業務用冷凍庫に入れられたように震え上がる。
 今夜、オスカーシュタイン宅で一体どんな凄惨な場面が繰り広げられるのか…。
 皆、己の想像力に限界を感じ、思考を放棄した。

 被害予定者と目されている当の本人はソファへ座り直しながら(埋め合わせっても俺には嬉しい事ばっかだから、罰になんねぇんだけどな〜)と、ポーカー フェイスの下で至って暢気に考えていた。

*11,000キリ番ゲッター、葉月沙李さまのリクエストにより製作。… しかし敗北したっぽいです。お題は「無自覚にイチャイチャしてまわ りをひかせる二人」……ダメだ、やっぱり負けた……。もっと、もっとイチャイチャしていたはずなんです。でもその展開に繋がる台詞を忘れてしまって…っ! 我ながらすごい気になっています。
 こんな出来ですが、捧げさせて頂きます。リクエスト、ありがとうございましたvvv
 「王様ゲーム」ネタは確か他のサイトさんでも書かれていたと思いますが、これはアマノウズメバージョンです。「埋め合わせ」の意味とか、氷飲み込ん じゃった理由とか、ワルターとのキスを妨害したルシファの本音とか、色々妄想して頂けると嬉しいです。


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