*****   Fire Flowers
All right reserved.※禁、転載利用盗作再配布等。
4,300キリ番ゲッター、七緒様からのリクエストにより製作。
2007.6/3.Sun

  花火 のように儚く散る者達のために――私は、何を祈ろう?


 人の集まる場所は苦手だ。

  単に好き嫌いの問題ではない。そこには、現実的 な脅威があった。
  多くの人の目に触れれば、当然、“狩る者”達に 見つかる危険も増える。だから人ごみや、人の集まる場所は可能な限り避けるように暮らしてきた。
  ――この、227年間。
  しかし難しいもので、人口の少ない過疎地域で は、蓬莱人は更に目立つ。噂話も好きだから、むしろ危険になることも多い。
  他人に無関心な都会での、孤独な暮らし。
  唯一、妻と呼べる女性と暮らした数十年を除け ば、それがサラディンの選んできた生活スタイルだった。


  晴れ渡った空は深い群青に溶け、地平線近くを残 照が茜色に染めている。
「うっ わー…やっぱ、すっげー人だな」
  周囲を見渡したルシファードは、さほど困っても いない調子で言う。
  郊外の湖で毎夏開かれる花火大会。街の人間が大 挙して押し寄せるイベントは、当然ながら今までのサラディンとは無縁だった。
 家族持ちが休みを取りたがる日は必然的に独身者が勤務となるし、何より暑い中わざわざ人ごみへ出かけていく神経が知れない。その気持ちに変わりはなかっ たが、誘ってきたのがルシファード・オスカーシュタインと なればもちろん話は違う。

  しかも理由が、例の邪魔臭い悪友どもに誘わ れたから、というなら、嫌がらせともども行かぬ手はないだろう。
  そういうわけで、227年目にして生まれて初め て、サラディン・アラムートは花火大会なる人だかりに来臨を決めたのだった。


「ラ ジ達がいる場所まで、結構かかりそうだなぁ。 ドクター、大丈夫か?」
  覚悟を決めて来たものの、薄闇に群れる大量の人 影に、早くもうんざりしているのが感じ取れたのだろう。心配そうに訊くルシファードへ、サラディンは微苦笑 を返す。
「… 貴方達だけで行きますか?私はここで待ってい ても構いません」
「ル シファ」
  車の反対側にいた副官が、上司に声を掛ける。
「私 達は別行動を取るわ。構わないわね?」
「あ あ。集合時間は予定通りだ。来なきゃ置いて く」
「了 解。――行きましょう、カジャ」
  彼女の隣にいた白いふわふわ綿毛頭が頷く。
「… あの人ごみへ、わざわざ共食いアイテムを購入 しに行くのですか?貴方も好き者ですねぇ」
「誰 が綿菓子頭だ!お前こそ、また哀れなテキ屋か ら水風船を強請り盗る積りだろう?歩く営業妨害が、人聞きの悪いことを言うな!」
  ぴょこりと背伸びをしたカジャが、車の上から怒 りに燃えた大きなオレンジ色の瞳を覗かせる。
「そ うですねぇ、確かに貴方なら、『坊や、これあ げようか?』なんて、こわいおぢさん達からも可愛がって貰えそうですけど」
  嫌味たらしく残念そうに言う外科主任に、内科主 任が反撃しようと口を開けたところで、周囲を震わせる大音響が鳴った。
「い けねっ、始まっちまった。じゃあライラ、後 で」
  夜空に花開いた巨大な焔が、周囲を極彩色に照ら し出す。
「え え。健闘を祈るわ、ルシファード」
  大尉と副官は、それぞれに保護する医師を伴い、 右と左に分かれて歩き出す。
  当たり前のように肩を抱き寄せられたサラディン は、頭半分高い位置にある相手の顔を見上げた。
「ド クター、悪いけど、二人三脚みたいな感じで離 れないように歩いてくれるか?暗いし、人多くて危ねーから」
  蓬莱人に否やはない。肩へ置かれた手に手を重 ね、微笑む。


「―― ルシファード」
「何?」
  先を行く男は振り返らずに答えた。半分森の中へ 入ったような場所では、足場が悪い。
「… あの子ども達と遊びたかったのではないです か?――すみません」
  足を止め、振り向いた彼は口の端を上げて笑う。
「んー、 確かにガキどもと遊ぶのは楽しかっただろ うけど、さっきのはかなり見物だったぜ?あいつら、今日は夜トイレに行けねーんじゃないかな」
  ラジェンドラ・モース一家及びエディ・マーカス 一家と無事合流したルシファード達は、着いた早々、泣く子に負ける形でキャンプ場を後にした。ふと気まぐ れを起こしたサラディンが、子どもらへにっこり笑って「…遊んであげましょうか?君たち」と声を掛けたからいけない。
  浴衣姿の蓬莱人に、夜、白い手を差し伸べられ て、そんなことを言われたら。
「… 完全にフリーズしてたな、あいつら。俺が声掛 けなきゃ、あのまま凍ってたんじゃねーの?」
  楽しそうに語るルシファードの様子に、彼の子ど も好きを知る医師は安堵した。
「悪 気はなかったのですけれどねぇ…やはり、慣れ ないことはするものではありません」
「―― たぶん、ドクターが本気だったから余計に怖 かったんだと思うぞ。何にせよ、サラディンが謝るようなことじゃねぇよ。ってか、謝られると益々怖いんで すけど?」
  普段の白衣姿より細く見えるサラディンの肩を叩 いて再び歩き出す。
「… 今度外科主任室へいらした時のハーブティーの ブレンドを楽しみにしていて下さいね、大尉」
「う 〜ん、××が××××しちまったり、ドクター の色気が三割増に見えちまったりするブレンドだけは勘弁して下さい」
「ほぅ、 そういうのが嫌なわけですか。大変参考に なりました」
「マ ジで嫌だって、それは。――お、この辺空いて るぞ」
  ルシファードは座り良さそうな岩の上へ立ち、夜 空を振り仰ぐ。目元を隠すスクリーングラスの表面を、花火の光が舞った。
「お しっ、すげーよく見えるぜ。いい場所見っけた な、ラッキー」
  嬉しそうにサムズ・アップしてみせる大尉に、周 囲を見回した医師は小声で告げる。
「確 かに穴場のようですね。周囲がカップルだらけ ですけど、構わないのですか?」
  弾ける光が辺りを照らす度、幾つも浮かび上がる 人影。
「あ、 ホントだー。カップルって等間隔になるんだ よな。おもしれーの。こっちには無関心になるから、むしろ都合いいんじゃん?」
  言葉のまま面白そうに言った男は、岩の端へ腰を 下ろし、友人から貰ってきた壜の栓を開けた。
「は い、ドクター」
  表面に凹凸のある小さな壜を受け取ったサラディ ンは、ルシファードの隣へ座る。
  水滴のついた硝子の冷たさが指に心地よい。一口 飲むと、甘味のある炭酸水だった。
「美 味しい…」
  渇いた喉をひんやりと潤す刺激も、湖を渡る夜風 も、想い人の隣にいるこの時間も――全てが最高に快かった。

  漆黒の夜空に、幾つもの華が咲く

  琥珀に閉じ込められた何か生き物のように、サラ ディンの瞳の中をきらきらと光が泳ぐ。
  白い瞼がゆっくりと閉じて開き、縦長の瞳孔が傍 らの青年へ向いた。
「ど うしました?ルシファード。…その熱い視線に お答えしてもよいのですが」
「―― ドクターの眼ん中の花火が、すっげーキレイ だ」
  少年そのままの素直な感嘆の響きに、外科医が苦 笑する。
「… そうですか?」
「う ん。…見てるだけでなんか超・幸せな気分」
  魅惑の低音で熱情を込めて囁かれたなら見事な睦 言として成立するのだろうが、まんま少年が掘り出したガラス玉をうっとり眺めている時のような声色では、 口説かれていると言うに無理がある。
「そ れはよかった――ですが、貴方ばかり幸せにな るのはずるいでしょう?私にも見せて下さいませんか、ルシファード。貴方の眼を」
  夜だというのに漆黒のスクリーングラスを掛けた 男は、微かに笑んでそれを外す。普段、素顔を晒すことに彼が抱いている抵抗の強さを知っている蓬莱人は、 そのごく自然な特別扱いに満足して笑みを返した。
  並んで座っていた岩の上へ膝立ちになり、斜め上 方から奇蹟の造形を見下ろす。
  艶やかな漆黒の双眸を色とりどりの光が舞う。瞳 孔を取り巻く金の環が時折、きらりと輝く。

  ――文字通り、時の経つのも忘れて見惚れた。

「… サラディン?」
  背中へ回した手に軽く叩かれ、我へ帰る。黒い瞳 が笑いながら、自分を見つめている。ふと、不可解な切なさが胸を突くように込み上げ、サラディンはルシ ファードの首へ腕を回し、頭を抱くように引き寄せた。
「ド クター?」
  黙したまま縋り付く相手を慮る声。穏やかな低 音。
「サ ラディン、どうしたんだよ。何で泣くんだ?」
「… 私は泣いてなどいませんよ、ルシファード」
  優しく触れる指先が、濡れていない頬を確かめ た。
「れ? ホントだ。良かったー」
「… 私に泣かれるのは嫌ですか?」
  腕を緩めたサラディンは、少し身を離して相手の 顔を覗き込む。
「っ たりめーじゃん。そりゃ、ドクターは涙顔も すっげーキレイだけどさ、なんつーか…あんたがハッピーじゃねぇと俺もアンハッピーだから」
  至極単純に言ってのけた表情は、相変わらず少年 のようで。頬を撫でる掌が、堪らなく心地よい。
「… そんな嬉しがらせを言うと、泣きますよ?」
「そ れ、脅迫か?」
  陰りのない笑顔が眩しくて、目を細める。
「私 は――」
  きらきら、きらきらと、無限の宇宙の中を、火の 粉が舞う。
「貴 方が、傍にいて、私を想っているなら、たとえ 地獄の底だろうと、幸せです。きっと」
「俺 があんたの傍にいるのも、大事に想うことも保 障するけどさ、地獄の底は勘弁だなぁ。俺の記憶が確かなら、でっけー鍋で煮られちゃったり針山を歩かされたりすんだ ろ?」

  ――はぁ。
  予想はしていたけれど、つい溜息が出てしまう。
  雰囲気十分のこんな状況で、ありったけの想いを 込めて真正面からぶつけても、ファウルボールで場外へ弾き飛ばされてしまう。もはや鈍いとか何とかいうレ ベルではない。
  医師の物憂げな態度をどう曲解したのか、ルシ ファードが続ける。
「ま、 たとえ地獄に落ちようがブラックホールへ 突っ込もうが、俺が全部ぶっ壊してでもあんたを守る。だからご安心下さいませ、ドクター」
  ブラックホールはさすがに手に余るのでは?と一 瞬考えたが、ブラックホールを作れてしまう生物が、それを操れないということもないかと考え直す。全く、 非常識極まりない。
「……… 別にわざわざ助けて頂かなくても、本当に 地獄なるものが存在してそこへ落ちたなら、鬼を皆さん返り討ちにして冥界の覇王にでものし上がってやりま す。本気でやれば出来ないことはないでしょう」
  直球の告白を受け流されて不機嫌な蓬莱人は、少 々投げやりに言い放った。するといきなり抱きしめられて、膝立ちの彼はバランスを崩す。
「くぅ 〜っ、最高!マジで惚れ直すぜドクター!大 好きだぜその性格〜っ」

  ――ああ、もう、ホントに、全く。

  自分で体重を支えようという努力を放棄し、ぎゅ う、という表現そのまま無邪気に抱きしめる男へ身を委ねる。
  背後では、クライマックスへ差し掛かった花火の 炸裂音が賑やかに連打されている。
  薄い綿の布地越しに感じられる、少 し汗ばんだ肌の湿気と、熱い位の体温。

  ――子どもは平熱が高いものですからね。

  どうせまた、この体勢の危うさになど気付いてい ないのだろう。気付いた時にはもう手遅れだ。自分から抱きしめておいて突き放すような無礼はルシファード には出来ないし、抱きしめられた蓬莱人はもちろん、せっかくの機会を手放すような愚を犯さない。
  手に触れた冷たい黒髪を握り締め、サラディンは 目を閉じる。
  天然ボケ大尉が慌てて腕を解く頃には、この浴衣 もいい具合に着乱れて、今日出会った当初から意識的にか無意識にか、彼が目を逸らし続けている襟元も緩ん でいるだろう。
  腕の中に落ち込んだ魅惑の魔物に、ルシファード がどう対処するのか――

  ――そういえば、据え膳食わぬはナントカ、とい う古い言葉もありましたっけ?

  ひときわ大きな破裂音を響かせて、打ち止めの花 火が鳴った。

 

*以上でございます。七緒さま、素敵なリクエスト、あり がとうございました。お題は『ルシサラで、人の集まる場所での二人だけの秘め事』でした。
ってゆーか難しかった!!ルシファのせいで、全然“秘め事”にならないのですもの。うごごごご。
『花火』は英語でFireworksらしいんですけど、“焔の花”っていう語感がサラディンぽくて綺麗だったので、こちらにしました。

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